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集 -3



 老爺は相好を崩して八朗を歓迎してくれた。
 持参した土産の生薬を差し出すと、皺がいっそう深くなる。
 歳を取ると健康ばかりが気になるとぼやき、八朗に茶菓子を勧めてくれた。
「いつもいつも済まないねぇ。今度はあの馬鹿、大蛇と来た。前回は刀、その前は木乃伊だったか。一度出掛けりゃ一月は郷を空けてこの老いぼれに心配ばかりさせる。たまには爺孝行でもしようという気にはならんもんかね」
 孫の放蕩を大いに嘆いた直生老人に、八朗は得意の愛想笑いで「全くです」と同意した。
 そこへ荒々しく襖を開け話の主が現れた。
「うるせぇぞクソ爺ぃ。いつも孝行してるだろうが」
 八朗の隣にどかりと上蔵をかき、溯は口をへの字に曲げる。しかし直生は「は!?」と素っ頓狂な声を出して大仰に驚いてみせた。
「好き勝手ばかりしていつまでも家督を継がん奴の何処が孝行者か。こんな年よりを働かせて…胸が痛まんのかお前は」
「知ってたか爺ぃ。それまで忙しく働いてた奴が急に隠居すると、あっと言う間に呆けるんだと。あんたにそうなられたら俺は婆さんを留める自信が無いね」
 殊勝な事を言う。直生は肩を竦めた。
「それは困るな」
 夫を放ってさっさと別宅に隠居した御台所の力は今でも絶大らしい。余所者が挟む口も無いので八朗は黙って爺孫の応酬を聞いていた。
 しかし当主の嘆きは最もだ。麻久羅家には家を継げるのは初めから溯しかいない。だと云うのに肝心の「若」は道楽三昧。女や博打でないだけ救いだが、中々一つ所に留まらない。危険な事に喜々として首を突っ込む。
 それこそ御台所にご出馬願って家督相続の為に扱かれた筈だが、この男、身についているかかなり怪しい。
 只の一度しか会った事のない八朗でさえ、あの御台所の気迫には思い返す度背筋が凍る。それを「おっかないババア」と言ってのけた溯。
 器がでかいのか身の程も分からぬ馬鹿なのか、悩む所であった。
 言い合いは終結をみたようで喉を干からべさせた双方は同じ動作で茶を啜る。直生がふい、と天狗の若者を見た。
「いやはやお恥ずかしいところを。──与謝野殿、好きなだけ逗留して行かれよ」
 有難う御座居ます。八朗はそう言って畳に指を付いて頭を下げた。


◇◆◇◆



 夕餉を終え、八朗は星を見上げながら湯に浸っていた。内風呂で良いと言ったのだか、露天である。近くの源泉から牽いているのだ。
「…………それを、何故お前と入らねばならん」
「良いだろ別に。男同士なんだから」
 露天など、そうは入れぬ贅沢品である。八朗の当座の棲み家たる伊庭山にも在るには在るが、主のもの。侍従に過ぎぬ天狗には望むべくもないものだ。
 この三呂伏で初めて入った時は余りの感動にむせび泣いた。しかしそれもゆったりと浸れればこそ。
 突然ビュッと顔に湯をかけられたかと思えば同じ方向から今度は高波が八朗を襲った。
 頭からずぶ濡れになった八朗は滴を振り乱してギン!と溯を睨みつける。
「何をするこの戯け!」
「お前があまりにも爺臭く入ってるから」
 溯は縁にもたれて笑っている。誰が爺か。
 お前より三年若いわ!と怒鳴れば、仕草が爺共に似ているとまた笑い声。
 全く、失礼極まりない事である。
 結局溯共々上せるまで──折角の──露天で騒ぎ、半倒れるように床に就いたのだった。



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あきゅろす。
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