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迎え人‐2
 訪なう時期が時期だけに、旅装では非常に目立つ。なるべくなら平素と変わらぬ風を装うべきではと進言すると、具体的には何かと逆に問われてしまったと言う。
 その場で答えることが出来ず、更に翌日訪れると、「若」は小汚しい農夫を座敷に上げて待っていた。一体何事がと声を上げる間もなく、閃いたのだと言って居心地悪そうに正座して小さくなっている男を示した。
「板間で待たせていれば良いものを、若はご自分の居室の、それも奥座敷に上げていたのです。これには私も二の句が告げませんでした」
 男の嘆きに桂丸の後ろから擦れた忍び笑いがする。絃衛門もあの友人の相も変わらぬ様に思わず漏れてしまったようだった。ただし、桂丸が漏らしたのは重い溜め息だったが。
 その農夫を通す間にも、おそらく何人もの者が挙って止めにかかっただろうに、あの歩く豪快はその全てを振り切ったのだ。そんな男の元にこの幼子を行かせるのは、やはり早まった決断であったろうか。
「若が仰るには、郷の者ならばいつ屋敷に顔を出してもおかしくはないと」
 それはそうだが。
 その農夫にとっての不幸はその日屋敷に総領がいたことであろう。そしてその原因を作ったのは隆茉の文だ。
「先代への弔問は郷者ならいつでも許されている筈だからと仰いまして……」
 男は桂丸から畳に視線を落とす。臨場感を出す為にと三月の間、本当に野良仕事をさせられたことを思い出す。
 麻の衣に着替えさせられ慣れぬ鍬を持たされ。そこまでは良いものの、若が自分もやると畑に顔を出し、農民から鍬を奪って本当に耕しだしたときは厳罰を覚悟した程だ。
「それは……貴公にも郷の者にも、相済まぬことをした」
 桂丸は口元が引きつるのを抑えられない。
 他にめぼしい頼りがなかったとは言え、あの男の性格を考えればそうなることは明白であった。
 使者はなんのと笑って、桂丸が来てからはじめてまともに尉濂を見つめた。
「尉濂どの、そなたも男ならば泣いてばかりもおれぬことは分かっておいでだろう。先程も言ったように、姉君はそなたが嫌いでうちの若のところにやろうと言っているのではないのだよ。……おお、おお、ほれ、おのこが人前で泣くものではないぞ?」
 少年は零れ落ちた大粒を慌てて袖で拭った。
 そう言われても実際、隆茉の態度はこの頃とみに冷たい。
 とくに審査のために篁夜連に赴いてからというもの、全くと言って良い程笑わなくなった。
 もとからそう表情の変化が激しいわけではなかったが、花を見れば笑み、突風が吹けば驚き、飼っていた小鳥が死ねば淋しげで雷鳴に息を飲む。何より道に躓き、風に転がされ、犬に吠えられ雷に泣き叫ぶ稚い童子に、優しく声かけ抱き上げてくれた隆茉はここにはいなかった。今目の前に座っているものは、畏怖の塊が姉の皮を被ったかのように見えてならない。
「……あ……あねうえ…………」
 拭えども拭えども、溢れてくる涙は止めらない。絃衛門のかさかさした手は暖かかったが、尉濂が本当に欲しいものは振り向きもしなかった。
 無表情を保っている桂丸とその背後で静かに涙を零し続けるその弟を見比べ、男はひとつ頷き、ではそろそろと腰を上げた。
「ご面倒をおかけ致します」
 桂丸が頭を下げる。男はいやいや、と笑って首を振った。
「お帰りには裏口をお使いなされ。他の者に見られると面倒じゃからの―――特に今は孫もおるし」
 絃衛門が襖を開ける。廊下には誰もいない。
 四人連れだって歩きながら、男は後ろを歩く絃衛門を振り返った。
「確か鎬把どのと仰ったか……。若からは彼にもご挨拶するよう言われているのですが……」
 しかしそれを桂丸が必要ないと切り捨てた。絃衛門も笑って同意する始末だ。

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あきゅろす。
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