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迎え人

 木戸を閉めて浅桐邸に戻ると、鎬把の父裄邑が赤ら顔で出迎えた。手にはぐい飲みを持っている。
「やぁやぁ桂丸殿、気持に整理はついたかね?」
 息子とは似ても似つかぬだみ声が、酒の助けを借りてより一層大きくなっている。
 これには隆茉も苦笑するにとどめた。整理が付くまで待ってはいられないぞと言われてしまったのだ。「はい」と答えるのが正答ではあるのだが。
 声を聞き付けた侍女が二人を出迎える。その侍女に耳打ちされ、隆茉ははっとした。
 隆茉の様子に鎬把が気付いた様子はなく、またそんなに呑んで、と父をたしなめている。
 隆茉は裄邑に頭を下げて奥へと進む。裄邑は息子を足留めに来たのだ。
 隆茉を先導する侍女が不安げにこちらを伺ってくる。無理もない。今日この日は特に、郷の外からの客は有り得ない筈なのだ。
 郷を背負う当主の襲名には、確かに多くの客人が言祝ぎを言いにやって来る。しかし新たに当主が立つと言うことは即ち前当主の死去と大罪人の派生を意味する為、喪に服す十日間と罪を清める十日間は、部外者はその郷に立ち入らないのが慣例だ。
 それを無視してまでやって来た客がいる。不信に思って当然だ。
 隆茉は客間に行く前に台所に寄った。そこでは鎬把の母明祢と女中たちが夕餉の膳を調えている。
「明祢様」
 呼び掛けると、女はぱっと顔を上げた。隆茉を見てにこりと笑う。握り飯を一つ持ってやって来た。
「食べてからお行きなさい。大切な話の途中で腹の虫が鳴いたら大変です」
 有り難く頂いて、立ったままではあったが握り飯を腹に詰めた。
「尉濂は?」
 訊くと絃衛門と共に既に客間にいるという。
「梓野に例の物をと」
 侍女に言い含めると、隆茉は明祢に会釈して台所を後にした。



*******



「この度は大変ご愁傷様でございました」
 その言って頭を下げた薄汚い男は、行灯に照らされた桂丸の緋い髪を見てにやりと笑った。
 桂丸の背後には先に来ていた絃衛門と必死に涙を堪えている尉濂が控えている。男の位置からは幼子の様子がはっきりと見て取れる筈だが、まるで何も存在しないかのような桂丸の態度に倣ってか、黙認していた。
「並びに、隆茉殿におかれては無事の桂丸就任、おめでとう存じます」
 桂丸はなるべく男を見ないように視線をずらしながら簡単に礼を述べ、労う。
 この男は隆茉がこの日の為に遠方の友人に頼んで遣してもらった者だ。訪ねて来るときは出来るだけ目立たぬようにと頼んではいたが、まさかこんな格好で来ようとは思わなかった。
 男は何処で着替えたのか、土で薄汚れた寸足らずな衣姿で足袋すら履かず、手巾を頭に巻き、終いにはその四角い顔に無精髭を生やした姿で待っていた。
 農夫の格好をしてはいるが、何がしかの身分のある人物なのだろう。挨拶の仕方、姿勢などにしっかりした教育を受けているように見受けられた。そんな人物に、いかに人目を忍ぶ為とは言え、のら着を着せる友の変わらぬ破天荒さに些か不安を感じる桂丸だったが、言っても栓無い事と諦めた。
「どうぞお楽に。今手水を持ってこさせますゆえ、―――誰かおらぬか?」
 声をかけるとするりと障子が開けられる。女中に水を持ってこさせると、男は礼を述べて頭に巻いた手巾を解き、薄汚れた手や顔を拭き始めた。まるで本物の農夫のようである。
 桂丸のもの言いたげな視線に気付いたのか、男はこの格好になるまでの経緯を語った。
「あなた様より文を頂きまして、うちの若はすぐに私にこの役をお言いつけになりました」
 篁夜連の認可が下りてすぐのことだから、五年以上前のことになる。

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