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夜‐2
 鎬把は敢えて同意を避けた。確かに熾承は悪餓鬼だった。
 葦の原を迂回してようやく土手についた時には、細い月が雲に隠れてしまっていた。余計に暗くなった道を二人はぽつりぽつりと言葉を交しながら戻る。
「あの髪は、私が飲んだのと類似した薬を飲んだのだそうだ」
 そうやって、社は薬を管理・研究し続けてきたという。社には妙な毛色の者がゴロゴロいるそうだ。兄の彬成などは萌木色に変わってしまって、社内でも異様らしい。
「萌木色……?…………想像できんな」
 隆茉もそれには頷く。
「社がどんな研究をしているのか知らんが、もしかしたら尋ねれば答えが返ってくるのかもしれないな……。この髪のことも」
 揺れる提灯に目を落として隆茉はふ、と笑う。夜風が垂れた髪を拐い、鎬把の腕を撫でた。
「……ふん。馬鹿めが。お前がそんな顔をする意味などない」
「しかし隆茉……。こればかりは早々に決着させねば、翁たちがまたぞろ何を言い出さんとも限らんだろう。御館様だとてこんなことになるとは想像していなかった筈だ」
 自分が言わずとも、そんなことは父が、祖父が、何より隆茉本人が良く分かっているだろう。それでも言葉は青年の口をついていた。
 隆茉は答えるでもなくまじましと鎬把の顔を見る。その視線を振り払うのは容易だが、自分の方から顔を逸らすのは何やら癪だ。かといって耐えてもいられず、鎬把の目はうろうろ泳いだ末にさらさらと音のする川に収まった。
 どちらともなく足を止め、どちらともなく言葉を絶つ。隆茉は探るように。鎬把はやや居心地悪そうに。
「…………。はしたない奴だな。聞いていたのか」
 鎬把の顔がとうとう逸れる。提灯がふらふら揺れた。
 雪代が解散宣言をした後、納得出来るかと詰め寄ったのが翁衆だ。襖も設らえ直し一息入れよう、というところへ怒気も露にやって来た。
 お互い衆目の有るところで話をする気はなかったので場所を隣の座敷に移してのことである。
 翁達の話を要約するとこうだ。
 確かに自分たちも篁夜連も隆茉の襲名を認めた。しかしこんな事態になると誰が予測出来ただろう。やはり急いて隆茉に桂丸をさせるよりも尉濂の成長を待つべきだ。当主不在も先例がある。何よりその様に濁った色で本当に隆茉が「桂丸」たりえているのかも甚だ疑問だ、というものだった。
 外聞が大事なのだ。呆れた話である。
 鎬把は隆茉から顔を逸らせたまま言った。
「廊下で爺様がふらついたから動けなかっただけさね」
 隆茉は驚いてみせた。あの絃衛門がふらつく。どんな珍事だ。
 しまったと思ってももう遅い。鎬把の祖父絃衛門は、十数年前まで翁衆の筆頭についていた傑物だ。年齢を理由に退いたのだが、そんな必要があったのかと思う程健康体で風邪も引かない。
 隆茉は聞かなかった事にして再び歩き出した。後ろからとぼとぼと鎬把が付いてくる。
 歩きながら絃衛門がふらついたと言うのはあながち嘘ではないかも知れぬ、とぼんやり思う。
 隆茉の襲名を強く希んでくれたのは母雪代と絃衛門だった。長年の願いが叶ったと思った筈だ。それがどうだ。「桂丸」の髪色は先代とは程遠い。翁だった絃衛門には、手に取るように事の重大さが観えたかもしれない。
 ぽつり、と溢れた。
「……がっかりさせてしまったな……」
 何処かで獣が鳴いている。
  
 ケーン

 ケーン

 ケーン……

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あきゅろす。
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