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空の狗/賛否 -2



 公邸は桂丸が國の政を行う執政の場た。桂丸の近臣以外にも多くの者が働き、また多くの民が出入りしている。
 國の主たる桂丸の私宅とこの公邸は門一つで繋がっており、桂丸はいつもこれを使って行き来している。何故といって、外を回ると遠すぎる為だ。浅桐邸の玄関と公邸の正門は真逆の位置にある。つまり邸同士が背中合わせになっているのだ。
 直ぐ隣に建っているのにこうも不便ではと仕切り門が取り付けられたのは二代目の頃だと聞く。双方から伸ばした回廊の間に門を立て、公邸側の脇に見張り所を設け出入りに制限をかけたのだ。
 浅桐邸から行くのならここを通るのが最も早い。雪代もそう勧めてくれたのだが統矢はそれを辞退し外を回った。
 景実と叔母が乳母子なのもあり昔から家族ぐるみの付き合いをしているとは言え、主臣に変わりはない。また、傲って己れの分を弁えぬ所業には必ず報いが降りかかる。そう厳しく躾られていたし、統矢自身も最もだと思っている。
 ようやく辿り着いた正門をくぐり、桂丸へ目通りを頼んでいる処へ声を掛けられた。
「渡んとこの倅じゃないか。何だ、慌てて」
 槙田平蔵だった。
 桂丸の表の腹心が管領の一柳裄邑なら、裏の懐刀がこの男だと以前父栄斉から聞いた事がある。
 具体的な仕事内容は知らないが、剛ヶ渕を下から支えているのは違いない。統矢は頭を下げた。
 その時彼の後ろの子供に気付き、平蔵に目で尋ねる。自分と隆茉、鎬把以外の子供が公邸に居るなどそう有ることではないだろう。
 つい今しがたまで子守りをしていた子らよりも少し年長らしいその子は視線に気付いて統矢に会釈する。いったいどうしたのか、右目を包帯で巻いた。
「あぁ、これはうちの新入りだ」
 さらりとそれだけ言ってお前は?と尋ねられ、統矢は天狗の事で桂丸に目通りをしたいのだと答えた。
 父親を通せば早いだろうと平蔵が言うので事情を説明すると、彼はぷっと吹き出した。
「……成程それは、……親父の耳には入れられんなぁ」
 笑い事ではない。統矢の目の無い今、またぞろ始めているのではないかと気が気ではないのだ。
 申処に話をつけようとする統矢の腕を取り、平蔵は人気の無い廊下の隅まで子供と一緒に引き連れる。
 何ですと不満気な声を制して天井に声をかけた。
 するとカタリと微かな音をたて天井板が外れ、そこから音もなく侍女が飛び下りたのだ。
 わっ、と叫びそうになる二つの口をそれぞれ塞いでいる傍らでは、侍女が手早く裾を直している。
「渡統矢様、わたくしが御館様の処へ御案内致します」
 侍女は優美な挙措で一礼する。
「この方が早いだろう」
 口を塞いだ手を外しながら平蔵が軽く言った。




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あきゅろす。
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