[携帯モード] [URL送信]
空の狗/賛否



 子供達はそれぞれ歓声を上げて空を仰いだ。
 群れの内から一つだけ浮かび上がった姿は、太陽を背にし、逆光で黒く光りながらぐんぐん高みへ昇って行く。
 かに見えたが「うっ」という呻き声と共に上昇は止まった。
 天狗の腰に巻かれた長い長い縒紐の片方を統矢が握っているためだ。逃走防止にと持たされたものだった。
 天狗は統矢の頭の辺りまで高度を下げてきた。垂れた紐をすかさずまとめる。
「すげぇ!ほんとに飛んだな!」
「やったぜ八朗!」
 子供達はやんやと騒ぐ。天狗もそれに応じながら翼を顧み、動きを確認していた。
「痛みはないか?」
 統矢が訊くと天狗は一瞬驚いた顔をしたが大丈夫だと答え、くるりと宙返りする。また、わっと子供達が沸いた。
 原にやって来た一行は、八朗の完治を確認すると堰を切ったように駆け回りだす。その様子を少し離れた位置にある岩に腰掛けながら統矢はぼんやりと眺めていた。
 時折隆茉や鎬把が手を振ってくるのに応えるばかりですることがない。本でも持参すればよかったと悔やみだした頃、天狗が再び空へ浮かび上がった。
 さすがにはっとして腰を浮かせた。逃亡防止の紐の端は天狗の帯にまとめて挟み込んでしまっている。高みまで飛ばれたら統矢には止める術がない。
 斬れ、という父の声が脳裏を掠めたがそれを振り払って駆け出した。
 しかし群れに辿り着く前に状況が見え、駆ける足が弱まる。天狗は一番小さな子供を抱えていたのだ。確か街の子である。それでも流石に重いのか、高さはそうなかった。
 辺りを数周旋回した天狗はゆっくりと降りてくる。
「はいはーい!次おれ!」
 声高に挙手したのは一際体の大きい文太だ。それに続くように次々と子供達が我も我もと手を上げ始める。当然のように隆茉と鎬把が混じっているのを見て、統矢は痛む頭を押さえながら制止の声をかけた。
 当然の如く子供達からは不満の声が上がる。
「わしは構いませぬが」
 後ろで八朗がきょとんとしているのが何とも無防備で、統矢の頭痛は益々酷くなる。
「駄目だ。お前のその小さい腕で何人抱えられるんだ? 何かあってからじゃ遅いんだぞ」
「大丈夫だよ」
「お前に聞いてない」
 合いの手を入れるように口を挟んできた文太を押し退け、統矢は八朗の前に屈み込む。ちらちらと父の顔が頭を余切る中、桂丸が滞在を許した以上は守らねばならないと、統矢なりに必死なのだ。
「お前な、只でさえ父に目を付けられているのにその上死に急ぐようなマネは慎んだ方がいい。何かあったら間違いなく吊し上げられるぞ」
 統矢の父はやると言ったらやる男なのだ。
 しかし天狗の反応は鈍い。はぁ、と首を傾げているのを見て思い至った。
「そう言えば名乗っていなかったな。俺は渡統矢という。以前栄斉という男に殺されそうになったのだろう? あれは俺の父だ」
 その反応こそ見物だった。音がする程一気に血の気が引いた八朗は、当時の恐怖が蘇ったのかぶるぶると顫えだす。統矢を見る目も酷く硬いものになってしまった。
 空を飛べると思っていた子供達は横槍を入れられ不満濠々だ。
「統矢はいっつもそうやっていじわるする」
 その中で、ぼそりと漏れた呟きを統矢は聞き逃さなかった。
「何だ隆茉、俺が何だって?」
 勿論隆茉は答えない。片頬を膨らませ、そっぽを向いてしまっている。
 子供達の不満は止む気配がないが、こればかりは統矢の独断で許せる事ではない。
 あまりにも煩いので許可を貰ってからだと押しきって黙らせ、一時帰還を命じる。何より当の天狗は滝のような汗を流しているし、どの道今日は無理だ。
 歩くのも覚つかない天狗を抱き上げ浅桐邸まで引き返す。雪代に子供達を託し、統矢は一人公邸に向かった。

[*前へ][次へ#]

17/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!