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空の狗/傍ら‐2



 子供の頃にした怪我で足の悪い異母弟は、翁衆によって六閣の別邸に追いやられて久しい。温厚で争いを好まず、大人しい異母弟。聡明で、多くの知識人に師事していた庶出の男が内政に関わるのを良しとしなかったのか。
 謀反の芽は芽吹かせぬに越した事は無い等と最もらしい事を言っていたが、実質はそういう事なのだろうと思う。絃衛門に質した事は無いけれど。
 桂丸は今回、そんな弟にある可能性を問うている。その返事がこれだ。
「…………」
 目の前の子供に持たせた文を見て、弟はどう思ったろう。問題を順順に挙げている返答からは何も読み取れなかった。
「………路灯」
「! はいっ」
 この子供を見て、どう思ったのだろうか。
「お前の目から見て、頼政はどうだった?」
 突拍子もない事を訊かれ、子供は一つしかない目を剥いていた。ぐるぐると悩んでいるのが顔に出ている。
「足の様子は?」
 分かる質問をされて、子供は息を吹き返す。
「杖をついておられました」
「食事はちゃんと摂っていたか?」
「はい。残すと奥方様がお怒りになるそうで……」
「息子達はどうだ? 春貴と暁津は」
「お二方とも素晴らしいお方でした。妹姫様もお美しく」
「沙耶か」
 中々子宝に恵まれなかった兄とは違い、頼政は立派な跡取りが居るのだ。上の春貴は先程会った統矢より四つ上、次男の暁津は一つ上、末の沙耶は二つ下だ。桂丸から見ればまだまだ子供だが、更に子供の路灯からみれば十分にお兄さんお姉さんなのだろう。
 その路灯よりも更に幼い桂丸の子は、女で、未だ僅か童である。
「ご苦労だった。お前の足で六閣は辛かったろう、ゆっくり休むといい」
 桂丸は手を叩いて侍女を呼ぶ。馨子が差し出した盆の上の小さな伏紗包みを子供の前に置いた。
 片手ではらりと包みを開く。それを見て、子供は完全に硬直していた。
「報奨だ。取りなさい」
 子供は膝の上で小さな拳を握り締め、首を振る。
「……頂けません」
「路灯」
「褒美が欲しかったんじゃありません。ただ、景実様のお役に立ちたかっただけです」
 黄金色に輝く切餅一つを挟んだ向こうで小さな姿が顫えている。斜め後方からの侍女の視線が痛い。
 桂丸は子供の隣に座り、肩を抱いた。
「──ではこうしよう。近い内にまた行くから、少し家屋を調えておいておくれ。流石化野家の別邸、立派な拵えだが些か傷んでいる。あそこの代が替って以後手が入っていないのなら、そうとうなものだからな」
 にこりと微笑むと子供は少し緊張を解いたようだった。
「平蔵を覚えているか?あいつを付けるから、職人の手配等を頼むといい」
 子供は逡巡したが、再度念を押してようやく引き下がった。
 呼び出した槙田に後を任せ子供を送り出すと、背後から重々しい溜め息がする。馨子だ。
「何だ?」
 さすがに桂丸もそんな風に白い目で見られる覚えは無かった。
「何故あの子供にかようなまでに構うのです。あれは化野殿の庇護下にあるものなのですよ」
「庇護などしてないではないか」
 自然声が低くなる。
「動けるようになった途端放り出しておいて何が庇護だ。あいつが路灯の事を何と言っていると思う?『目の前で親を殺され家を焼かれて気が触れた』だと?屋敷に火を放ったのはお前だろうに」
 最初は賊が押し入ったのだと聞いたのだ。親睦目的の篁夜連の集会など出なければ良かったと悔やんだ。しかし調べるうちに化野が到着する前に屋敷から逃げてきたという侍女に行き着いた。
 苛立たし気な背中に馨子は更に訊く。
「……ひなのと云う方の子だから、ですか?」
 あれから随分経ったのに、その名を聞くと未だに体の奥が騒つく。桂丸は苦笑して振り返った。
「何が言いたい?」
 馨子は静かにその場に座している。

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