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仰ぐ天空、我が身は地の徒 -2



 ばさりと音を立てて天狗は翼を広げる。晴れた空を仰げば風の流れが手に取るように分かる。
「じゃあ、宜しく頼む」
 隆茉は些か緊張した面持ちで側に寄って来た。軽く頷いた八朗は掬い上げるように隆茉を抱き上げる。
「首に腕を回せ」
 居心地悪そうにしていた隆茉は言われるまま抱きついてくる。その拍子に、ふわりと甘い匂いが鼻孔を擽った。
 見送り隊から進み出た洋治郎は隆茉の首筋を見つめる天狗に念を押した。
「くれぐれも、無事に連れ帰って来るように。解っているとは思うが…?」
 その射抜かんばかりの視線にはっとした八朗は、承知しておりますと急いで頷いた。
「で、では、行って参ります」
「すまんな洋治郎」
 申し訳なさそうに振り返る隆茉に、洋治郎は気にするなと首を振る。
 栄斉からの使いがこの事を知らせに来たときは、絶対に容認できないと思った。しかし先の馨子の苦言や折に触れ硬い表情を見せていた桂丸を思えば気分転換は必要だと感じたのも事実だ。
 それにしてもこの光景は無性に腹が立つ。どう見ても想い合う恋人達の図だ。
 洋治郎には嫁に出した娘が二人居るが、その時もここまで黒い気持ちにはならなかった。
 隆茉は赤子の頃から成長を見守って来た娘だ。栄斉ではないが、天狗を絞め殺したくなる。
 若い連中は兎も角、見送り隊の所々からそんな不穏な空気が漂って来ては八朗もたまったものではない。大慌てで浮き上がった。
「……わ……」
 浮遊感に下を見れば自分を抱えた八朗の足は完全に地面から離れている。その距離は次第に遠くなり、隆茉は首に回した腕に力を込めた。
「日暮れ前には戻ります」
 見送り隊にそう言うと、天狗は大きく翼を羽ばたかせあっという間に上空に舞い上がった。


◇◆◇◆


 難なく飛び上がった二人にあちこちから安堵の息が漏れ聞こえる。いずれも昔を知っている面々だ。
 軽々と飛んでいる姿を幾度も見ていても、人を抱えて飛ぶと言われれば当時の光景が蘇ってくるものなのだ。
「いやはや、時の流れとは斯くも尊きものか」
「実に」
 などと言い合っていると、きゃー!と空から悲鳴が聞こえた。
 見れば二人は上空に留まって何やらごそごそやっている。
「与謝野!!!!」
 栄斉が地を揺らさんばかりに怒鳴りつけると、上空の二人はびくりと体を顫わせ逃げるように飛び去っていった。
 栄斉の見かけによらない大喝に一瞬、場は無音になる。その痛い静寂を打ち払ったのは明袮だった。
「皆様、中で茶でも如何ですか?」
 中と言っても浅桐家でだ。一柳の内儀が言うのも妙な話だが、これに息を吹き返した当家の侍従たちは勤めに戻ると固辞した者を残して、一同を屋敷に迎え入れる事となった。
 座敷に落ち着いた洋治郎は差し出された茶を有り難く受け取って静かに口をつける。同じく残った栄斉もそれに倣った。
「これであ奴が巧くやってくれれば良いんだがな」
「?何がだ?」
 忙しく動き回る侍女達を尻目に問うと、栄斉はちらりと視線を寄越し茶を含む。
「桂丸を泣かせてくるよう頼んだのさ。社の上を飛んで話を振るのもいい、なんてな」
 心なしか楽しげな様子に、天狗への同情を禁じえない洋治郎だった。頼まれた方は災難だったろう。
「…しかし社は……。見付かれば事だぞ?」
「低く飛ばねば大丈夫さ。その辺も確りやるよう言ってある」
 ずず…、と音を立てて茶を啜り、栄斉に胡乱な目を向ける。「言った」のではなく「脅した」の間違いだろうと言ってやりたいが、否定するのは目に見えている。あまり苛めてやるなとしか洋治郎には言えなかった。
「失礼な。私がいつ苛めたと言うんだ?」
 来る度いびり倒しているではないか。
 賢明にも、洋治郎はその台詞を呑み込んだ。

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