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 社送りを終えた後、郷の外に一人残った隆茉は、樫の木の根元で抱えていた膝から頭を上げた。
 誰そ彼よ、と尋ね合う時刻をとうに過ぎ、既に辺りは闇の中。そこへ、微かな足音と共に提灯の淡い光が暗闇に慣れた目に飛込んできた。
 光の向こう側から聞き慣れた声が隆茉を呼ぶ。
「尉濂が心配している」
 立ち上がろうとしない隆茉に、提灯に照らされた若い顔が微かに歪み、溜め息を溢した。
「……何故あんなことを言ったんだ?」
 問いの意味を測りかねたのが分かったのか、鎬把は就任式での隆茉の台詞を繰り返す。
「……ああ」
 隆茉は相変わらず膝を抱えたまま、掲げられた提灯の光を眩しそうに見上げる。
「尉濂はまだ生まれてから30年にも満たない子供なんだ。一門への牽制が必要なのは分かるが、もう少し言い方を考えたらどうなんだ。あれでは尉濂が哀れだ」
 “桂丸”の隣で身を硬くし、俯いていた幼子。
 闇の中でもこの青年が撫然としているのが分かる。隆茉は苦笑して立ち上がった。
「お前はいつも尉濂尉濂と大層あれを可愛がる。私には父の死を嘆き悲しむ時間も、母との別れを寂しがる時間もくれぬと言うのに。なあ?」
 鎬把はふい、と顔を逸らした。篁夜連からの承認を得てからの隆茉は、そんな事をするような殊勝さは皆無だったのだ。「桂丸」の介添人には、早くから御代が名乗り出ていた事もあったし、心構えはあった筈だと主張した。隆茉はといえば、しばし沈黙して、そうだな、としか言わない。平素なら鋭い切り返しがあるのだが流石に今日ばかりはそんな元気も無いようだ。肩透かしを食らった鎬把は咳払いをして話題を変えた。
「あの神官は知り合いなのか?」
 口に出てから、中庭での光景を思い出す。
 就任挨拶の時の尉濂の扱い、式の直後の様子、更に空腹とで機嫌が悪かった所へあの場面だ。多少声に刺が含まれていても仕方のないことだった。
 けれどもその刺を感じた様子もない隆茉は、呆れたように息をついた。そのまま鎬把を置いて歩き出してしまう。追い付いたところでようやく答えが返ってきた。
「あれは熾承だ。子供の頃にあの兄弟と遊んだろう。お前、兄の彬成とよく一緒にいただろうが」
 鎬把はとっさに次の言葉が出て来なかった。確に幼い頃、友達の中に「あきしげ」と「おきつぐ」という兄弟がいた。
 鎬把たちが遊んでいると昼九つくらいにやって来て仲間に入り、七つ頃には帰ってしまう。思い返してみると、この兄弟が何処の子らなのか知らなかったように思う。子供というのは、楽しく遊べれば相手が誰だろうと関係ないのだ。
 隣を歩く隆茉も同じ事を考えていたらしく、やや自嘲的な笑みを浮かべている。
「子供の足だ。夕刻になる前に郷を出なければ夕飯を食いはぐれてしまう、という事だったんだろうな」
 あの果てしなく続く石段を往復してまで、と今なら思うが堅苦しい社に居るよりはずっと良かった、というのは熾承の言だ。
 鎬把はまだ半呆然としていたが、そっと隆茉の緋い頭を見下ろした。この闇の中では色など判別出来なかったが。
「………よく分かったな」
 あの菫色の頭髪がどうにも目について、顔などろくに見なかったように思う。子供の頃は確かに黒かった筈だ。
 隆茉は、いや、と頭を振った。
「正直に言えば気付いたのは私ではなく母さまだ」
「雪代様が?」
「何処かで見た顔ね、と言って」
 翁衆を追い出して縁戚や親しい者だけで座敷に残った後、隅の方に単座していた神官を見ながら雪代が言ったのだ。言われても隆茉はまだ分からなかった。
 向こうがこちらを見て、神官にあるまじき邪悪な笑顔を寄越したとき、ピンときた。
「彬成は兎も角、熾承が神官職なぞに就いていたとは、世も末よ」

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