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仰ぐ天空、我が身は地の徒



 洋治郎が浅桐家の門前へやって来た時、そこには既に数名の同僚達が集まっていた。他にも侍女や小姓、浅桐家の家老の顔まである。
「込山様」
 その中から声を掛けてきた一柳の内儀に洋治郎は軽く頭を下げた。
「桂丸は?」
「まだ居りますよ。もう直ぐ──ああ、来ました」
 明袮の視線の先では、侍女を連れて桂丸がこちらへやって来るところだった。鮮やかな黄色の着物を纏い、赤い髪は左側で団子を作り、残りは胸へと流れている。あら、と感嘆する明袮を置き去りにして、洋治郎は猛然と主に駆け寄った。
 隆茉は突進してくる勢いのまま口を開こうとする家臣を制して袂を広げて見せた。
「似合うか?」
 くるりと回ると流した髪がさらりと揺れる。
 出鼻を挫かれた洋治郎は強張った口元に辛うじて笑みを浮かべよく似合うと桂丸を褒める。似合うのは事実だったので口篭ることもなかった。
「それよりも桂丸、あの天狗と出掛けるというのは真ですか」
 八朗のことは洋治郎も重々承知している。ここに来た経緯もその人柄も。しかしそれとこれとは話が別なのだ。
「休めと言ったのはお前だろうに。問題ないだろ?」
 大有りである。
 子供の時分ならいざ知らず、気心が知れているとは言え神の僕とふたりきりにさせるのは頂けない。自分達が手出し出来ない空ならば尚更だ。
 桂丸は郷にとって何より大事な身である。どうしても行くと言うなら、天狗にはそこのところを確り言い含めなければならなかった。
 洋治郎は辺りを見渡して天狗を探すが姿が見えない。
「天狗は何処です?」
「栄斉が話があるからと引き留めていてな」
 隆茉の後ろから梓野がこれに言い添えた。
「あの様子では今暫く掛るかと」
 二人顔を見合わせくすりと笑う。
 洋治郎は少し肩の力を抜いた。栄斉が出張っているなら自分の言うことなど無いだろう。
 そうなるとようやく隆茉の着物を見る余裕も出てくる。裾に行くに従って色が濃くなり黄昏色になっている。着物に詳しくない洋治郎にさえ、立派なものに見えた。
「八朗がくれたものなんだ。折角だから着てみようと……」
 隆茉の白い手が綸子の上を滑る。再び似合うかと訊かれ、洋治郎は大きく頷いた。
「……あら?お屋形様、化粧をしていないのですね」
 そこへ近寄って来たのは明祢だった。仕事の話は終わったと見てやって来たのだ。
 折角着飾っているのにと明祢は不満そうだ。これには梓野も同意した。
「それなのに渡様が必要ないと」
「まあ」
 女は何時だって美しく在りたいものだ。それを必要ないだなんて、女心が解っていないとしか言いようがない。
「構わないわ。紅くらいなら直ぐ差せるし、今の内にやってしまいましょう」
 意を得て梓野が身を翻すのを隆茉は腕を掴んで止めた。明祢にはやんわりと拒否を示す。
「八朗に抱えてもらいますので、衣に紅や白粉を付けてしまい兼ねませんから」
 それでも明祢は不服そうだ。その横で洋治郎が首を傾げた。
「あ奴、人一人抱いて飛べるのか?」
 頭の中ではヒィヒィ言いながら空へ上がった八朗がうっかり隆茉を落っことす図でも広がっているのか、険しい顔だ。前回を知っているだけに余計にそう思えてならないらしい。
「さっき試しにやってもらったが大丈夫なようだ」
 腕だけでいとも容易く持ち上げられてしまった。けろりとしている八朗に、隆茉も驚いたのだ。
「おや、お集まりだな」
 そうこうしていると、ようやく栄斉がやって来た。その後ろに幾分蒼い顔の天狗が続いている。
 明祢に挨拶をした栄斉に洋治郎はにやりと笑いかけた。
「私の役目を取られてしまったな」
「この程度、お前を煩わせる事ではない」
 栄斉の肩越しに天狗を見れば、梓野を相手に首は無事かと頻りに尋ねていた。

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