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空の狗/緋色の地‐3



「お前の話を聞かねばならんが、その前に飯を食え。昨晩から食ってないだろう?」
 子供の膳を用意するよう梅に命じていると、開いたままになっていた襖から馨子が顔を覗かせる。
「蝶の間にて用意整いましてございます。……皆様朝餉は──お済みですか。では一服」
 蝶の間は直ぐ近くである。そこまで移動し、ようやく子供は畳に降ろされた。
 子供を膳の前に無理矢理座らせ、大人達はそこから少し距離を取って腰を降ろす。馨子から茶を差し出され隆茉は有り難く受け取った。
「随分と手際良く捕まえたんだな」
 刀を鞘に納めた栄斉が言う。
「なぁに。縁側から飛んで逃げようとしていたようだったが、生憎羽根は着物の下だ。落ちかけたのを拾い上げたに過ぎんよ」
 ちらりと子供を伺えば、居た堪れなさそうに縮こまっている。隆茉はそろそろと近付いて食事を促した。
 しかし子供は警戒したままだ。隆茉は子供の膳からたくあんを一切れ取り、己れの口に放り込んだ。大層行儀が悪いが、毒など入っていないと子供に知らせたかったのだ。
 馨子は見ぬふりをしてくれたし父らには死角になって見えていない。咀嚼してにこりと笑えば子供は大きな目を瞬かせる。
「私は隆茉。あなたは?」
 その問いに子供は沈黙した後、びくりと肩を撥ね上げた。何だ?と子供の視線の先を見やれば、父がにこにこ笑う栄斉を小突いている。何かやったのだろう。子供は慌てて口を開いた。
「……わしは与謝野八朗…………………も…府親……だ…」
「…もとちか?」
 「はちろう」と「もとちか」の間に随分と間があった。どちらが名前なのかと隆茉が首を傾げていると、父の横に居た筈の裄邑が突然隣に現れた。
 吃驚していると裄邑がその巨体を器用に屈める。
「……与謝野八朗府親殿。先程は大変失礼仕った。拙はそこな赤鬼の官領で一柳裄邑と申す。
 与謝野殿、何処の霊山から降りて来たかは存ぜぬが、此処が何処だかお分かりか? 我等鬼族の中でも由緒ある桂丸の領内──何?聞いた?おや、そうか。……まぁ兎に角、貴公のような御人が来るような所ではない」
 ちらりと隆茉を見、裄邑は続けた。
「が、怪我人を放り出す程うちの殿は非道ではない。加えてこちらの隆茉姫からもきちんと持て成すよう仰せつかっている故、養生するが宜しかろう」
 その為には食わねばの、といつもの口調に戻って八朗府親の頭を掻き混ぜた。
 随分長い名前だ。そう言うと、天狗は元服すると名前を増やすのだと馨子が教えてくれた。
「……元服…?」
 とてもしている様には見えない。
「いずれこの名になるから良いんだ」
 天狗の子はようやく箸を取ってぼそりと言った。
「ふん、子童め」
「栄斉」
「申し訳ありません、殿」
 天狗の子はぶるぶる顫えながら大人たちを伺う。これでは何時まで経っても食事にならない。隆茉は憤然としながら振り返った。
「もう!後は私が見てるから、みんな出て行って!」
 しかし栄斉に一笑される。馨子も良い顔をしなかった。
 難色を示す大人達に隆茉は更にいきり立つ。
「いいから出てって!」
 腕を引っ張って父を立たせようとするが、逆に引き擦り込まれる始末だ。景実は膝の上に無理やり座らせた娘を腕の中に拘束する。
「隆茉、父さまもあの子とお話したいんだけどな?」
「だめ!!」
 親子で押し問答を繰り返している中、栄斉が溜め息を零して縮こまっている仔天狗を睨み付けた。
「おい小僧!さっさと食え!何故我らが姫様から叱責を受けねばならん」
 それはお前が喧嘩腰だからだと裄邑が呟いたが、栄斉はさらりと無視する。腰を浮かせる栄斉に危険を察したのだろう、子供はびょんと跳び上がった。
「栄斉!いじめちゃだめ!」
「ですが姫様……」
「だめ!」

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