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空の狗/緋色の地



 惟靖は言った。
 篁夜連本拠舞冥城は、神、そしてその侍従たる天狗に張り合う為にあれ程の規模にしたのだと。
 それを聞いて隆茉は不思議に思ったものである。
 拝謁したことの無い神々はどうだか知らないが、少なくとも天狗にはそのような必要があるとは思えなかったからだ。
 その時思い浮かべ、後日夢にまで出てきたその天狗が今、目の前にいる。


◇◆◇◆



 その日は友人数名と共に郷の山を散策していたのだったと思う。袴姿で男児達に混ざり、薮をかき分け枝をくぐっては木の実を齧る。そうしていく内に次第に郷の地形や山の事を覚えていくのだ。
「おい、何だあれ? 何か落ちてるぞ」
 そう言ったのが誰かは覚えていない。山歩きをしていると希に獣の死骸が転がっている事があったから、今度もそうかと近付いた。
 妙な生き物がうつ伏せに伸びていた。
 年の頃はその場の者らと同じ頃。風体は神官の着る水干服にも似ていた。ソレが有る以外は自分達と変わらない子供だ。
 仲間の一人が恐る恐るソレに触れる。
「………これ、本物じゃないか?」
 その声に皆がソレに触り出す。ふかふかして温かい。引っ張っても取れないところを見ると、本当に本物らしい。
「……どうする?」
「持って帰るか?」
「え〜〜」
 ここで問答していても埒が開かない、大人に決めてもらおうと、代わる代わる担いで連れ帰った。ひっくり返して分かったが、その少年は頭を打ったらしく、額に大きなこぶが出来ていた。
 幸い、その場には当主の子の自分が居たから、真っ直ぐに邸に連れて行って郷で一番偉い大人に相談する事が出来た。
 父こと「桂丸」は、その子供を見て驚き、複雑そうな顔をする。
 子らを皆座敷に上げて自分の前に座らせ、あの生き物を拾った経緯を聞く。そしてこう言った。
「あれは“天狗”と云って、神々にお仕えする侍従のようなものだ。あのくらいの子供だとまだ霊山で修行している筈……何だがな」
 桂丸の微妙な表情など子供らには分からない。天狗など話の中でしか聞いたことのない生き物だ。皆が皆一様に目を輝かせた。
 あいつは天狗だから背中に翼が生えていたのだ。子供らは大いに納得した。その次は好奇心が頭をもたげる。
 聞きたいことが色々ある。しかし目の前に居るのは郷で一番偉い人だ。こうして向かい合うのも身の置き場に困るのに、話しかけるなんて。
「あの子、どうするの? 治るまでここに居られるんでしょう?」
 そっと隆茉が尋ねても父は苦笑するのみ。
「……追い出されちゃうんですか?」
 重ねて訊いたのは鎬把だった。父が桂丸の補佐役で桂丸本人とも何度も会ったことがあるので、他の子らのように気後れすることはない。
「……我々と天狗達とは、あまり仲が良くないんだよ」
 そんな言葉で納得など出来ない。皆不満そうな顔だ。
 背中に羽が生えていると云うことは、あの子は飛べると云う事だ。あの潰れた蛙みたいだった姿からは想像も出来ない姿で空を飛ぶのだ。見てみたい。
 隆茉はそっと父の袖を引く。
「父さま、お願い……」
 娘にそんなふうに言われて頷かない父親は居ないだろう。
 あのくらいの子供が単身で来れる距離ならば蔵真か阿田子か、或いは鷹尾、稗威という線もある。何れにせよ後で揉めるかも知れないとは思いつつも、桂丸は分かったと頷いた。
 天狗の子は公邸の客間に運ばれた。改めれば擦り傷、切傷、打ち身もあって痛々しい。手当てされた小さな体が布団に横たえられる。
 しかし子供とは言え天狗だ。どんな神通力を持っているか知れたものではないとして桂丸は家臣を見張りに立てた。
「隆茉、お前も家に戻りなさい」
 他の子らが帰っても隆茉と鎬把は子供の側に付いていた。

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あきゅろす。
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