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梟は紅錦に添う -3



 それ以上言葉を接ごうとしない栄斉に、八朗は眉を寄せた。
 隆茉に言ったように、浅桐の姉と弟を比べるなら比重は姉の方に大きく傾いている。しかし八朗は三呂伏の地で、あの小さな姿を見ているのだ。
「それだけ、ですか?」
「?」
 況してや隆茉は最早死ぬことでしか「桂丸」を降りることは出来ない。
 本人が望んだことと分っていても、矢張八朗には理解してやれなかった。
「儂は一月あそこにいただけですが、二日目には尉濂は琅天様に張り飛ばされています。更に溯に連れ回されて泥まみれなって……、寝たと思えば夜泣きをして何度も起きていました。
 剛ヶ渕の事は忘れろと言われ、隆茉はもうお前を弟とは思っていないと言われ……。……憐れでなりません」
 一度口火を切ると、もう止まらなかった。
「隆茉の事にしてもそうです。嫡男が生まれたのなら、何もあいつが家を継ぐ必要など無いではありませんか。それなのに態々こんな……っ」
 無駄な事はするなと溯に言われた。
 襲名してしまった以上、八朗が何を言っても遅いのは分かっている。しかし断じて無駄な事ではない筈だ。
 桂丸であっても、これから穏やかな暮らしをさせてやる事くらい出来る。夫を迎えて子を産む。景実と雪代のように睦まじく暮らさせてやりたい。
 しかし常に死を傍らに置いて良しとするような今のままで、一体何が出来ると言うのか。
「青臭いことを……」
 つまらなそうなその一言に八朗は思わず立ち上がる。
「栄斉様!!」
 二人の背後で障子が開けられた。
「五月蠅いぞ、何を騒いで……、──栄斉」
 鬱金の色は、冷たく見えがちな隆茉を暖かく柔らかい印象に変えていた。髪は簡単に纏め上げただけではあったが、随分印象が違う。
 振り返った栄斉も直前の冷めた表情をかなぐり捨て若い主に微笑みかけた。
「ああ、よく似合っているぞ桂丸。誰かと思った」
「どうした?何か……」
 瞬く間に隆茉の顔が引き締まる。
「いや何、大した事ではないのだが」
 縁側に上がり、栄斉は懐から書簡を取り出した。隆茉は包みを開け、中を読んでいる。
 読み終ると額に手を当てて大きく溜め息を吐いた。
「またか…」
「田片に行かせた。奴なら巧くやるだろう」
 隆茉は難しい顔のまま栄斉を見上げる。
「やっぱり私が行ったほうが良いんじゃないか?名指しで言ってきているんだから」
「だからこそですよ」
 隆茉の手から書簡を取り戻し懐に仕舞った栄斉は噛み砕くようにゆっくりと主に言い聞かせる。
「この程度の事に大将自ら動けば、後々軽んじられる。裏で糸を引いているのは翁の誰かだろうから、貴女が動くとすればそちらです」
 栄斉の笑顔に気圧されて隆茉は引き下がった。この一見爽やかな笑顔には父でさえ抗いきれなかった程だ。今の己が勝てるわけもない。
 栄斉は突っ立ったままの天狗を振り返る。
「桂丸、与謝野が貴女を連れて空を飛んでくれるそうだ。その頭を何とかしたら行って来るといい」
「え?」
「洋治郎には私から言っておくよ」
 栄斉の言い方はさも自主的に八朗が申し出たような口振りだ。そうだろう与謝野?と訊かれれば、はい仰る通りですと答えるより他ない。
 隆茉は心配そうに友を見る。
「……良いのか……?」
 突き刺さる栄斉の視線から一刻も早く逃れたくて八朗は首肯する。しかしまだ隆茉は不安気だ。
「その……、大丈夫なのか?」
 細身の八朗が自分を抱えるのは大変ではと問うと、栄斉が苦笑した。
「桂丸。女子を抱えるのは男の甲斐性の問題だ」
 女子一人担げなくてどうすると笑う栄斉に、八朗は撫然として訊ねた。
「お言葉ですが、栄斉様は奥方を抱きかかえられるのですか?」
 皆の視線が集まる中、栄斉はきっぱりと答える。
「いや、無理だな」



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