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梟は紅錦に添う



 鴇、浅葱、はなだ、紅梅、鬱金。色鮮やかなそれらに侍女達は主にどれを着せようかと色めき立っている。
 取りあえず髪を括り上げた隆茉はその様子に半呆れていた。
「……梓野、お前まで……」
「だって帯だけでこんなにあるんですよ?折角なんだし合うものを選ばなければ」
 溜め息と共に早く決めるよう言いつける。手持ち無沙汰で乱れ箱に入れられたこれまた沢山の簪を眺めていると、侍女の一人がその中の花簪を取り上げた。
 衣装が決まらねば髪も結えない。侍女のお芳は隆茉以上に手持ち無沙汰な天狗に尋ねた。
「あの、与謝野様? これ、お屋形様には些か幼すぎる気もするのですが…」
 シャラリと飾りが音をたてる。
 その一言に、皆ピタリと手を停めて八朗を振り返った。
 異様な空気が漂う中、天狗だけが平然として簪を受け取っている。
「これは失礼。一応選んできたつもりだったが──」
 花簪を隆茉の髪に挿した八朗は、ふむ、と腕を組む。
「……。確かに。似合わない訳ではないが、そこはかとなく違和感があるな」
 では誰ぞにやってくれとお芳に簪を握らせにこりと微笑む天狗。無論、それで話は終らなかった。
「………八、この祝いの品、どうやって手に入れたんだ?」
「購ったに決まっているではないか」
 そう言われても一度沸き起こった疑念が拭える訳もなく、侍女達は手元の着物や帯に視線を落とす。
 そうして見ると、大きく染めあげられた牡丹や蝶が次第に子供っぽく見えてくる。大体何故この五枚だけが既に着物の形をしているのか。八朗は他にも十数反の反物を寄越しているが、それと比べると言い表せない何かが違うように感じてくるのだ。
「……本当だな?」
「勿論」
 隆茉はごくりと喉を鳴らした。
「千雫の君の衣に手を出した訳ではないんだな?」
 侍女の一人がひっ、と小さく悲鳴を上げて手を引っ込めた。その侍女から視線を隆茉に戻し、八朗は僅かに首を傾ける。
「仕立てたは良いが気に入らなくて仕舞い込んだまま忘れてるものから選び出してきたのかって? 幾ら何でも、それはお前に失礼だろう」
 ないないと笑っているのは八朗だけ。具体的過ぎる例えに皆一様に蒼くなった。
「違うと言っているでしょう。さぁ、何れを着せるか決まりましたか?」
 結局見立ては八朗が全て行った。侍女達が触りたがらなかったのだ。
 選んだのは鬱金の綸子である。裾に行くに従って色は濃くなり、橙になる。帯は紫の錦織。
「良し、立て」
 早々に帯締めに手を掛けてくる天狗を隆茉は慌てて止めた。
「ちょっと」
「着せてやる」
 だからさっさと脱げと言い放った天狗に絶句する。
 この一言に忠従達は息を吹き還した。異種族とは云え八朗は男である。女主人の着替えをさせる訳にはいかない。
「支度が整いましたらお呼び致しますので」
 そう言って、天狗を縁側に放り出した。
 一方ピシャリと閉じられた障子にやらかしてしまったと気付いた八朗は、気まずくなって首を撫でる。
 毎日二度も三度も着替えをする主のせいで女の着付けも訳なくこなせてしまう。「やって!」と崩れた帯を向けられ、お前がいらんとこへ入り込んだせいだろうがと内心悪態づきながらも結い直す事屡。暑い、動きづらいと勝手に脱いだ衣を「やっぱり着せて」と言い出された事、これも屡。
 考えてみれば己と隆茉とは同い年なのだ。あれと同じ扱いをしてはいけなかった。
 縁側に腰掛け庭を眺めながら頬杖をついて吐息を零す。後で梓野に何を言われるやら。
「何を黄昏ている?」
 唐突に思いもしない方向から声を掛けられ、びくりと体が顫えた。
 振り向けばこちらへやって来る痩身が一つ。この人を見れば腰の刀の有無を確認せずにはいられない。
 八朗は慌てて立ち上がった。

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あきゅろす。
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