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憂いの痕 -2



 最後に友からの文を開く。男らしく力強い文字の羅列を一読し、隆茉はひくりと頬を引き攣らせた。
『お前が何を言おうと勝手だが、肝心の子供は現在俺の手中である事を忘れてもらっては困る。どう育てようが自在だ。放り出したのはお前だろう、ならば指を銜えて黙っていろ』
 隆茉の変化に八朗も首を伸ばして文を覗き見る。
『少し辛辣な態度をとったくらいで憎ませられると思っているのなら大間違いも甚だしい。尉濂は自分が悪いのだと思っているようで、日々しょんぼりしているぞ。なかなか面白い見世物だ』
 高笑いが聞こえてくるような文面だった。
 文を開く指に力が籠る。
 隆茉は痛むこめかみを押さえて絞り出すように言った。
「預け先を間違った気がしてくるな…」
「間違ってるからさ」
 八朗はにべも無い。恨めし気に睨むと思いがけず強い視線が返ってきて隆茉は面食らう。
「………父の事、黙ってたのは悪かったと」
「そうじゃない」
 首を振り、溯に宛てた文を読んだと言うと、隆茉は押し黙った。
「お前にはお前の考えがあるのだろうし、儂が口を出してどうなる物でもないのも分かっとる。
 ──隆茉、儂は三呂伏で一月近く尉濂と接してきた。哀れだとも思った。だがな、お前と尉濂なら、儂はお前の方が大事だ」
 黙ったまま、隆茉は天狗の視線から逃れるように顔を逸せた。
 しかし八朗は逃がさぬとばかりに友の手を掴む。
「何故景実公の跡など継いだ? それがどういう事か解ってるだろう?」
 握られた手が痛い。刺すような視線が痛い。
 隆茉はゆっくりと視線を上げる。
「どうしてわざわざ茨の道を行く必要がある? お前には余所へ嫁いで子を持つ幸せだってあったのだぞ。後見を付ければ尉濂に家督を相続させても問題無かろう」
「八朗」
「お前、雪代様のように最後には誰かに手を汚させるんだぞ?」
 耐えられんという顔で言うものだから、その検討違いな心配が段々おかしくなってくる。有り難い事なのだが、そんな事、今更だ。
 吹き出してしまった隆茉に、八朗は一層眉を寄せる。怒鳴られては敵わないので、胸を押さえながら何とか笑いの発作を引っ込めた。
「…お前、…ふふっ、それを言う為に来たのか? あの葛籠は祝いの品ではないのか」
 八朗は憮然としている。
「祝いだ。だがあれは桂丸にやったのではない。お前にやったのだ」
 そっぽを向いてしまった友に隆茉は首を傾げる。同じではないか。
 しかし口では別の事を言った。
「八朗、いい加減手を放してくれないか?痛いんだが」
 放された隆茉の手にはくっきりと赤く跡が残っていた。
「……すまん」
 今度は優しく包み込まれ、撫でられる。
 その様子を見ていると、こちらの方が申し訳なく思えてくる。折角してくれた心配に、応える事が出来ないのだから。
「……父さまは最高の死に方をしたと思うんだ」
 八朗は手を止めた。
「逆に母さまは生涯癒えぬ傷を負ってしまった。愛する者を手にかけ、二度とここには戻れない」
 襲名式の前夜、母は眠り薬を飲んで微動だにしなくなった父の手を握り、同じ布団で眠った。
「だが母さまはそれを不幸とは思っていない。郷を捨てても、私達を捨てても、夫の側にと熱望した。
 ───私はその様を美しいと思うし、そんな幕引きが出来たらと今から淡く思っているんだ」
 ふふ、と笑う隆茉に怒りすら覚える。弟を蹴落として手に入れた地位ではないか。八朗には到底理解出来ない。
「……襲名したばかりで死ぬ時の事を考えてどうする」
 薄く笑み返した隆茉は立ち上がって障子を開けた。庭の木々は舞冥城で見たものよりも黄葉が遅く、半数以上が青さを残している。
「比良坂の門番が己が死を飾らんでどうすると言うのだ」
 天狗は眉を寄せた。



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