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社送り
 鐘が鳴っていた。
 葬儀や社送りに出られなかった郷の者たちが鳴らしている鎮魂の鐘だ。
 雪代はその音の中、夫の跡を継いだ我が子の手を握った。今生の別れだ。
「……母さま」
 隆茉の震えた声に、こちらまで目頭が熱くなる。雪代は変色した隆茉の頭をそっと撫でた。
「これからは、そなたの好きにおし」
「……はい」
 小さく頷く我が子をそっと抱き締めた。これからこの肩に重責がのしかかるのだと思うと…。
 耳元に口を寄せる。
「迎えは、いつ来るのです?」
 抱き締めた腕の中で、隆茉が微かに震えたのが分かった。
 はっきりとは分からぬ、と前置きし早ければ今夜、と隆茉は答える。
 今夜。
 雪代は隆茉から体を離し、その裾をぎゅっと握ってこちらを見上げる幼い息子の前に膝を折った。
 隆茉にしたのと同じように頭を撫でてやれば、みるみるうちに大きな瞳に涙が浮かんでくる。
 その姿に、雪代は堪らなくなった。この子たちを捨てて行かねばならぬ我が身の罪。
「……おのこが、容易く泣くものではありません」
 小さな頬を伝う滴は止まる事を知らず、拭う手にすがりついてくる掌の小ささは、雪代の頬にも涙を伝えた。
「ははうえぇ……」
 振り払える筈もなく、尉濂の小さな体を胸に抱く。
 泣かずに行くと決めていたのに、死の床に付いた夫との約束さえも、破ってしまった。
「尉濂、先程した母との約束、忘れていませんね?」
 胸の中で頷く気配。雪代は漸く息子を離した。
 背後には神官と担ぎ手たちが今や遅しと控えている。立ち上がった雪代は一度彼等に一瞥をくれると、再び隆茉を向いた。言う必要などない。
「隆茉、もし父上様やこの母に宛てての文が――……」
 この口を止めなくては。
「文?」
 隆茉が小首を傾げる。雪代は頭を振った。
「いえ……。何でもありません」
 もはや、栓ない事だ。すべてが一手も二手も遅かった。
「……裄邑殿の仰る事をよく聞いて」
 有り体な言葉しか出て来ない。隆茉も妙な顔をしていた。
「御台様、そろそろ」
 業を煮やした神官が声を掛けてくる。空が緋に染まっていた。景実様と同じ、命の色に。
 子供らの隣に控えていた一柳夫妻に頷き返し、当主殺しの大罪人は集った一同に背を向ける。最早交す言葉もなく、御笥の上げられた籠に乗り込んだ。
「進発!!」
 掛け声に続き法螺貝が鳴らされる。隣で棺の動く気配、更に雪代が乗った駕籠も持ち上がった。
「母さま!!」
 いくらも進まぬ内に、背後から声が掛る。雪代は駕籠から顔を出し振り返った。
 隆茉だった。隆茉が一人進み出、叫んでいた。
「必ず期待に応えてみせます!父さまの『桂丸』を越えてご覧に入れます、だから母さま……!」
 どんどん隆茉の姿が小さくなる。雪代は歪んだ視界で我が子を捉えた。
「隆茉――!」
 その声が届いたかどうか。隆茉の姿は木々の間に埋もれてしまった。雪代は駕籠の中で声を上げて泣いた。
 先程の隆茉の言葉が胸に痛い。自分の期待が苦痛だったろうに、あの子はそれにすら応えると言ってくれた。
「ごめんなさい……」
 あんなものは意地だった。
「ごめんなさい……」
 それなのに、心の何処かでは隆茉に見切りを付けてもいた。何という裏切りか。
「……うぅぅ」
 雪代の駕籠の隣を歩いていた神官は、無言のまま社に着くまで懺悔を聞いていた。




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