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彼方より



 隆茉の自室に通されてから待った時間はせいぜい四半時だ。しかしやって来た部屋の主は実に申し訳なさそうにする。
 篁夜連から帰還してから更に五日も待たせたのだ。いくら気心が知れていても本来忙しい筈の相手を何日も無為に留め置いてしまった。殊勝にもなる。
「それに何だかたくさん頂いたようで……」
 単物やら簪やら葛籠で三つ。どうやって持って来たんだと尋ねたくなる量だった。
「忙しそうだな」
 八朗は大福に手を伸ばした。巧造のところから改めて購ってきた品である。
 長らく次代として父の側に付き従い当主の仕事振りを見てきていたのだか、手伝うのと己れで仕切るのとは矢張違う。郷を空けていた分を取り戻すのに五日もかかってしまった。
「あぁ、ちょっとな。―――お前こそ忙しいだろうに悪かったな。神無月に入ったというのに…」
 千雫の守様に付いて伊豆茂に行く筈ではと尋ねると、男は茶を啜りながらひらひらと手を振った。
「うちの姫様、年の頭に父神様と大喧嘩してな。今年の伊豆茂行きはまかりならずと言い渡されてて、儂らも暇なんだ。だからそんなに気にするな」
 待つ間に文太達にも会って来たし丁度良い。八朗はもうひとつ大福に手を伸ばした。
「目立ったろう」
「ああ。大注目だったよ」
 前に来たのは四十年余り前だが何度も来ているので特に何も考えず鎬把と連れだって出歩いたのだが甘かった。無沙汰の間に生まれた子供達に取り囲まれてしまったのだ。
 空に逃げたら逃げたで「空を飛びたい」と鎬把や文太が言い出すものだから、子供らを抱えて旋回するはめになった。
「文太に跳び掛られた時はどうしようかと思った」
 想像して隆茉は笑った。
 大工の文太は六尺三寸の体躯にまんべんなく厚い筋肉を纏わせた大男だ。それでもひょいひょい柱の上を跳び回ると云うのだから驚きである。
 そんな廿貫以上ある体で抱きつかれたらもう落ちるしかない。
「それにしても、お前に弟が居たとは驚いたな」
 水を向けられ、忽ち隆茉の表情から笑顔が消えた。
 今、郷で尉濂という名は腫れ物状態だった。
 真偽は兎も角、殺されたのではないかと噂になった程だ。当然下手人の名など声に出せない。桂丸一行が篁夜連へ出達する前に立ち消えたが、人々は今も疑心を抱えているのだろう。裄邑を悩ませている種だった。
 そんな状況で消えた童の名を口にする者など限られる。
「……鎬把か」
 将来裄邑の後を継ぐべく、鎬把は二年前から公邸に通うようになっていた。成長した姿を見たいと五代目が言い出したのだ。
 以来公私共に顔を合わせる機会も増えている。
 元より仲が良い方ではない。鉢会ったところで互いに素通りするだけだ。今も、顔を見た途端青年の目の温度がぐんと下がる以外変わらない。
「会った」
「え?」
「勿論、鎬把からも聞かされたがな」
 茶を啜り、八朗の手は最後の大福に伸びる。
 唇についた餡を舐めとり再び茶に口を付け、隆茉の刺すような視線に笑い返した。
「別件で溯に呼ばれてたんだ。そうしたら――」
 そこで初めて、八朗は景実の訃報を聞いた。それどころか病であったことも知らなかったのだ。
 薄情だとは思わない。「自分」とこの郷はそうではなくとも、自分「達」と彼等の「種族」は合い入れないのだ。
 隆茉は怪訝そうな顔をする。
「………溯に呼ばれたら行くのか、お前は。井庭から三呂伏までは遠いだろう」
 暇だったのだと返せば、釈然としないながらも隆茉は頷いた。
「……お多江姉様はお元気だったか?」
 その名前に八朗は激しく反応した。ぐっと拳を握る。
「ああ。相変わらず、お美しかった……」
 そこでハッと気付く。
「いや…、違うぞ…?」
「はいはい」
 八朗も、相変わらずのようだ。


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