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帰郷 -2

 確か夏だった。青い空と白い入道雲、強い日差し。空に連れて行ってくれた新しい友人は両手に抱えた重い荷物とその日差しに負けて直ぐに降りてしまったが、隆茉にはその短い時間だけでも十分に心踊る出来事だ。
 本音を言うならもう一度…。しかし、ぐったりと伸びている友人の姿を見るとそれも言えなかった。
「失礼します。出立準備調いました」
「…ああ」
 桂丸は鰯の泳ぐ空を閉ざした。この美しい景観ともお別れである。
 主に続いて廊下を歩きながら、洋治郎は少し困ったように頬を掻く。
「……実はその……」
「大丞殿も今日発つらしいな」
 面食らう洋治郎に桂丸は笑った。
「与記が応対したんだろう? 教えてくれたよ。…何だ変な顔して」
 いえ、と洋治郎は咳払いをする。大丞に蔑まれたと聞いたが様子を見る限り気にしている風ではない。
 門前で鉢合わせる可能性が大きいのだが平気だろうか。
「帰りには科陀門を通ります」
 空いた時間の半数近くを舞冥城探索に費やした桂丸だ。直ぐに答えた。
「東の門だな。すぐそこに栗の木が植わっている」
「左様です。来た時に通った南の周黒門、これから向かう科陀門はどちらも片道ですからそれぞれ逆の出入りをすることは出来ません。必ず周黒から入り科陀から出る。一度科陀をくぐってしまうと外から周黒まで周らねば敷地内には戻れません」
 面倒な事である。
 十日近く逗留した一木を出、本殿の外廊下を一行は進む。一行と言っても共に登城した臣の半数は先に一木を出ているのでさほど大所帯でもなかった。
 東門までの間、道道に植えられた樹木や花を愛でながら歩いていると、三十間程先に門が見えたところで先頭を歩いていた二階堂与記が足を止めた。
「? どうした?」
 尋ねながらも洋治郎の目は門前の一団を捕えていた。先に行っていた猗左衛門と話をしている藍色。
 洋治郎は桂丸を振り返る。特に変わった様子はなかった。
 当然桂丸にもその様子が見えていた。
 大丞は襲名後数年で五代目桂丸と親しくなり一木へ出入りするようになったと聞く。となれば臣らと交流を持つのも道理。十年前に職を退いた猗左衛門と親しげなのも道理だ。
 はらはらしている臣らをよそに、桂丸は真っ直ぐ大丞に向かって行く。気付いて振り向いた大丞の微かに緩んでいた表情が直ぐに剥がれ落ちた。
「おはようごさいます、大丞殿。そちらも今日出立だそうですね」
 無表情のままで、ああ、と大丞の答えは短い。桂丸は視線を大丞の頭上に移す。青い空。
「……大丞殿…―――私の桂丸襲名をお認め下さって、有り難うございました」
 六代目は静かに頭を下げる。五代目とは明らかに違う色の紅が、大丞の眼前でさらりと垂れた。
 気が気でなかったのは何も洋治郎や馨子だけではない。その場に居る大丞の臣達も主がまたどんな暴言を吐くかと気を揉んでいた。
 頭を上げた桂丸はにこりと笑う。猗左衛門は大丞を見上げた。無表情。
「…………私は最終決定に従ったに過ぎない」
「それでも。お陰で私は父の後を継ぐ事が出来ました。―――……貴方の仰る通りです」
「?」
「私は、弟を妬んでいましたから……いえ、今でも、妬んでいるのです。だから邪魔だった。だから追い出した。その通りです。しかしだからこそ、私は桂丸で有り続けねばなりません。誰が何と言おうとも」
 梢が揺れる。
 やや暫く、二人は互いを見つめ続けた。どちらも思考すらなく、ただ、見る。
「好きにしろ」
 安堵の息が多数聞こえる。桂丸は、はい、と返事をし会釈して大丞を追い越して行った。科陀門の傍らに立つ清綱に声をかけている。

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