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帰郷



 山階。篁夜連歴代総帥宗禎の逗留する一画である。
 その客間の一つで汕之輔と並んで侍女を待ちながら、小太郎は頭を抱えて唸っていた。同席を許可されたものの、自分達如きが宗禎に目通りするなど出来る筈もなく、また、醜態を晒すのが目に見えていた為丁重に辞退したのだ。
「…………………この事、どこまでの奴が知ってるんだ」
 小太郎の声はかなり小さい。応じた汕之輔も流石に萎縮していた。
「…上の方々しか知らない筈だ。儂はまぁ、偶然……」
「偶然って……」
 どんな偶然があればそんな事知るようになると云うのか。
 す、と襖が開く。二人は跳び上がった。
「すみません、お待たせ致しました―――どうしました?」
 馨子は首を傾げる。二人は明らかに緊張していた。まぁ無理もなかろうが。
 混乱の為か小太郎は空笑いしながら立ち上がる。用が済んだならとっとと退散するに限る。
 二人そろって廊下に出た時だ。奥から老人が近付いて来た。
「もう少しゆっくりしていけば良いのに。せっかちなやつじゃのぉ」
「挨拶に来ただけだと言ったではありませんか。それに私はもう桂丸方の人間ですから、此処に長々と居るわけには参りません」
 宗禎は曾孫娘の手を名残惜しそうに撫でる。
 堪らなかったのが汕之輔と小太郎だ。
 長年篁夜連の頂点を務めてきた老爺が目の前にいる。これでは何のために馨子に付き添っての面会を辞退したのかわかならいではないか。
 篁夜連総帥の顔が、二人を見上げる。
「―――島津汕之輔と村上小太郎じゃの」
「…は」
 汗が噴き出す。まさか名を知られていようとは。
「六代目をしっかり支えておやりなさい。あの娘にも、その方らにも、これからの篁夜連を担ってもらわねばならぬのじゃからの」
 これに対し二人よりも先に馨子が口を開いた。
「曾お祖父様、勝手に無責任な事を仰らないで下さいませ。つい先日も似たような事で諫言をしたばかりなのですから」
 宗禎はほぉ、と面白そうに髭をすく。
 篁夜連総帥は詳しく話せと言わんばかりであったが、ここでも矢張馨子がそれを振りきった。
「ここで失礼致します、宗禎公。私共如きに御自らの見送りは僭越に過ぎますので辞退申し上げます。では」
 蒼い顔のまま汕之輔、小太郎も宗禎に頭を下げて山階を出る。全く生きた心地がしない。
 本殿内の廊下を進みながら申し訳なさそうに馨子が振り返る。汕之輔よりも小太郎の方がふらついていた。
「……大丈夫ですか?村上殿」
 いつもなら睨み付けてやるところだかまさかそんな訳にもいかず、小太郎は馨子を見ないよう顔を背けた。しかしここで沈黙するのはどうにも矜持が許さない。
「…………浅桐家の遠縁と云うのは嘘―――なのですか?」
 汕之輔は同僚を瞥した。
「嘘ではありませんよ。わたくしの母方の祖父は入婿でして、元は三代目桂丸の実の末弟だったそうですから」
 婿入りした先は宗禎方の旗本家臣。直系男子の落ち着き先としては些か不釣り合いだが、確か二代目桂丸には何人か妾もいた筈だから血筋の振り分けに苦心した結果なのだろう。
 小太郎はまたしても顔を歪めた。結果としてこの侍女は桂丸直系と宗禎直系の血を継いでいるらしい。上役達の腰が低くなるのも仕方がなかった。
 次の角を曲がれば一木への渡り廊下が見えてくる。



◇◆◇◆



 子供の頃、空を飛んだことがあった。
 より正確に言うなら、山よりも高く浮き上がってふらふらしながら近所を周回したのだ。
 支えは二本の細い腕。足は宙に投げ出された状態で酷く心もとない有り様。当然大人達は心配そうにしていたし隆茉自身恐ろしくもあったのだが、それよりも雲の近さに感嘆したのを覚えている。


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