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他に知るものは無く -2

「―――見よあの汚れた色を。正統な跡目から家督を奪った罰よ、何と無様な事か。何をしている、早くかの尊貴の御身を取り戻せ。でなければあれを始末する事も出来ん。全く、女の分際で桂丸を汚すとは万死に値すると云うもの。この責任は誰に取らせるべきか。簡単な事、あれの後見の一柳に腹を斬らせれば良い。これで喧しくも鬱陶しい老いぼれの掃除も出来る。いっその事これを機に郷中の不穏分子を焙り出してしまおうか…………どうなさいました皆様? まだまだ続きがございますよ?」
 その場のほとんどの者が絶句していた。対する馨子の顔は涼しい。
「…………な……何だ、それは………」
 あまりの事に洋治郎の声は掠れている。
「込山殿、先程仰いましたな。先人の足跡を辿れば過程で善悪諸事聞こえてくると。――では今のも隆茉様のお耳に入れるのですか?」
 声が出なかった。
「村上殿、貴方は如何です? 桂丸を継いだ以上個人の感情など黙殺すべし。自ら希んだ事であるのだから耳を塞いではならぬと?」
 流石の小太郎も卒倒しそうになっている。水を向けられ、辛うじて首を振った。
「それは一体何だ!?」
 真っ赤な顔で叫ぶ清綱に説明したのは信恭だった。篁夜連へ出達する数日前、事もあろうに公邸の一室で交わされていたやりとりの一部だと告げると、室内に動揺が奔った。
「………翁衆……か?」
 恐る恐る尋ねてくる声に頷くと、痛烈な舌打ちが聞こえる。洋治郎だ。
「わたくしと加地殿、田所殿、それから三津が聞いております」
 田所昌嗣と桂丸付き侍女の三津は今回郷に残っている。
 最初に三津が。そこに田所、加地、馨子と加わってその不用心な密談を立ち聞いてしまったのだ。
「発つ前に管領の耳には入れてきましたよ。田所が詳しく説明している筈です」
 皆が皆、苦虫を五六匹口内で転がしているような顔で話しを聞いていた。その様子を見回した馨子は畳の目に視線を這わせてぽつりと言う。
「?…何だと?」
 まだ顔の赤い清綱がそれを聞き咎めた。馨子は目線を上げた。
「先代の葬儀から今日まで、唯の一度も、隆茉様は涙を流してはいないのだと申し上げたのです」
 突然の話題変更に皆ぽかんとするが、馨子の表情は緩まない。
「親を一度に両方失ったと云うのに泣かないのです。―――我々の前では泣けないのかも知れません。しかし、浅桐家付きの誰の前でもそんな様子を見せていないと聞いています。よそで泣いているようでもないのだと側付きの梓野に相談されました。
 ―――どう思われますか?」
 どうと言われても。皆返答に窮した。互いに顔を見合わせる。
「……これだから殿方は駄目なのです」
 小太郎は不気味なものを見る目で侍女を見ていた。自分達の前でこれ程好き勝手をして、上の者が大人しく聞いていると云う状況に寒気すら感じる。
「ずっと気を張っているのだと?」
「……おそらくは。――ですから、その状態のあの方を更に追い詰めるような話は避けて頂きたいと申しているのです」
 明後日の方角に飛んで行ったかに思われた話が、元の場所に着地する。皆、馨子が何を言いたいのか漸く分かってきた。
 ちらちらと投げつけられる数多の視線を受けた洋治郎は、ぐったりと肩を落としながらもこれを請け負う。
「……相分かり申した。我等も以後注意致します。…しかしいつまでもそんな事をする訳にもいかないと言うのはご理解頂きたい。先日の桐衛門様の件のような事もまたあるでしょうし……」
 侍女は当然だと頷く。今登城している家臣らの中で宗禎以下上位三名に何か言える者など猗左衛くらいだろう。しかしこの爺は既に隠居の身。いつまでも頼りには出来ないのだ。
「しかし、耳に痛い事でもあるな」
 皆一斉に清綱を見る。

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