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他に知るものは無く


 舞冥城の離れ、一木のある座敷では十前後の者が集められていた。上座の込山洋治郎を筆頭に、今回桂丸に随行した主要な面々だ。
 下座に単座しているのは侍女一人。
 これだけ見れば重鎮らが侍女を召喚して査問でもしているかの様相だが、実状は全くの逆である。
 馨子は正面の洋治郎をぎろりと睨む。皆面にこそ出さなかったが、内心では己れが洋治郎の立場でなくて本当に助かったと思っていた。
 険しい視線に突き刺されている当の洋治郎はと言えば、一応毅然としては居るものの背中には冷や汗が濁流となって流れていた。
「しかしな、馨子殿…先代の業績を知るのは、新参者ならば避けては通れぬ。その過程で善悪諸事聞こえてくるのはよくある事だ。景実様もそれは同じだった。その事はあなたの方がご存知だろう」
 取り繕ってはみるが、果たしてこの侍女にどこまで通用するだろうか。
 馨子は他の侍女らとは遥かに格の違う女だ。と言うかそもそも侍女などするような身分ではない。生家はこの場の男達よりも上の家柄で、本来なら旗本に降嫁するか政略で他国に嫁いで行く筈の女だ。
 確かに馨子は政略で他国から嫁いできたには違いないのだが…。
 侍女の口調は厳しい。
「そうではありません。―――六代目は只でさえ風当たりが強い。女というだけで軽んじられる。それは百も承知の上で若様を退け家督を継いだのです。それを陰ながらお護りし支えるのが我々侍従たちであり貴方方臣たちではございませんか。それを………訊かれたからと言って今この時期に何もかにも耳に入れる、入るのを黙認するとはあまりに軽虚。もう少し隆茉様のお気持ちを考えなされませ」
 大した迫力だった。
 本来この様な場に呼ばれる事のない統矢も余計な事を吹き込んだ一人として引っ張り出された口だ。知らぬ存ぜぬを通そうにも生憎この侍女の目の前で大丞との話題を出したばかり。逃げられなかった。
「――気持ちと言われるが、景実様を亡くして辛いのは皆同じ事。寧ろ姫様は自ら希まれて継がれたのではないか。少しばかり面白くない話を聞いたからと言ってそれを全て我等の責とするはそれこそ暴挙であろう」
 それまで暝目していた村上小太郎が口を開いた。家臣団の中では統矢や汕之輔同様若手ではあったが、目端が効き度胸もある。じわじわと頭角を現している新鋭だ。切長の目を開いて侍女に負けぬ強さで相手を睨み付けた。
 小太郎と馨子の間に座っていた統矢は左右から来る刺さるような視線に身を硬くする。もう帰りたい。
 難を逃れた汕之輔に呪阻の念を送っていると、隣の小太郎が一層声を低くする。
「だいたい貴様、何の権利があって我等に意見している。浅桐家の遠縁だか何だか知らんが、たかが侍女風情が政にまで口を挟むなど聞いたことも無い。図々しいにも」
「村上っ!」
 洋治郎の声に更に被って女の哄笑が室内に満ちる。
 頗る気分を害したように眉間を寄せた小太郎は洋治郎を見、馨子に視線を戻す。
「……何がおかしい」
 最早場の空気は最悪だ。 信恭はひっそりと溜め息を零した。知らないとは恐ろしいものである。誰かしらいつかはやると思ってはいたが何も今この時…。
「――失礼致しました。確かに少々僭越に過ぎました。申し訳ございません」
 口では何とでも言えるとは正にこの事で、小太郎はひくりと口角を吊り上げた。
「しかしながら、女主人を戴く臣の言葉とも思いませぬ。たかが侍女風情……、これは、ただ直系なだけの姫如き、痣紋が出てもあれでは示しもつかぬ…と変わるのも時間の問題でございましょう」
 小太郎から視線を逸らしそのまま座を一舐めすると、侍女は滔滔と話し始めた。


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