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沼 -2
◇◆◇◆



 揺れる。
「…ああ、すまん。起こしたか?」
 その声に重い頭を上げると、驚く程近くに統矢の顔があって桂丸は息を飲んだ。
「…………」
「おいおい、おつむはまだ夢の中か?」
 口を開けばこれだ。聞こえよがしに舌打ちし、身を捻る。
 途端にぐらりと上体が傾いだ。
「わっ!」
「っ……とぉ、あっぶねぇなぁおい。本当にまだ夢見気分らしいな」
 とっさに統矢の襟元を掴んだは良いものの、良く見れば何やら奇妙な事態になっている。
「……何だこの体勢は」
 顔が近い筈だ。桂丸は廊下を歩く統矢の両腕に抱えられていた。
 降ろせと足をばたつかせるが、逆に統矢が腰を屈めて前傾したために危うく頃げ落ちそうになり、桂丸は慌てて男の肩に腕を回した。
「…ふざけるなよお前」
「じっとしてろよお前」
 間発入れずに返ってくる。これに再び舌打ちして桂丸は抵抗を諦めた。頭がぼんやりする。
「…寝てたのか……? 私は…」
 考える事、やらなければならない事、郷の事、翁衆の事、そして篁夜連。頭の中がぐちゃぐちゃで、酷い頭痛がしていたのだ。ほんの少しと思い空き部屋の隅に座って壁にもたれたのは覚えていた。
 統矢はまだどこかぼんやりとしている桂丸に言う。
「もう郷に戻ったって構わないんだぞ?」
 端から見ていても、ここ数日で桂丸が酷く消耗したのが分かる。近くにいる臣ならば尚更だ。
 舞冥城に登城して既に八日が過ぎていた。
 逗留期間は十二日間だが、必要な会合の類は全て終わっている。別段期間丸々居なければならない訳ではない。その証拠に惟靖は早々に帰還しているのだ。成程確かにこれでは「期待出来ぬ」だ。
 そう言っていた桐衛門も今朝方舞冥城を発っている。桂丸の他にまだ残っているのは宗禎と大丞だけだった。
「…戻ったところで翁衆がごちゃごちゃ喧しいだけだ。それにまだここの事も触りすら把握した訳じゃないんだ。こんな中途半端な状態で帰れるか」
「一度の登城で篁夜連の全てを見ようなんて図々しい。そういうのはもっと時間をかけてやるもんだ。無理して倒れたら元も子もないだろうが」
 桂丸が寝泊まりしている部屋まで来ると、足で襖を開けて中に入る。
「おかえりなさいまし」
 中では桂丸付きの侍女が出迎え、桂丸を抱えたままの統矢を奥へと先導する。
 寝間には既に床が延べられていた。
 桂丸を布団の上に下ろし後を侍女に任せて踵を返した統矢だったが、裾を引かれて足を止めた。
「勝手な事をするな」
 そう言う桂丸の顔色は蒼い。ふらふらと立ち上がろうとするのを押し留め、統矢はさりげなく訊く。
「大丞様に言われたこと、気にでもしているのか?」
 ひくり、と桂丸の瞼が動いた。
「あれは仕方がない。言ったろう、あの方は先代の事をとても慕っていたんだ。例え後継がお前でなくともああやって突っ掛って来ただろうさ」

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あきゅろす。
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