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その坂は登り舞い戻るを赦さず -4

「……も、申し訳」
「と云うのはさて置いて」
 信恭ががくりと肩を落とした。
「何、期待していると言ったのは真だ。そなたが加わる事で、この篁夜連に新風が入れば良いと思うておる」
 桂丸に新たな杯を持たせ、酒を注ぐ。躊躇いながらも桂丸が杯を干すのを待って桐衛門はにこりと笑った。
「宗禎殿も儂も瀞丸も、長く此処に居すぎている。どうにも近頃世の流れに付いて行けておらんようだと、事あるごとに三人で話しているのだ。
 だから桂丸が――そなたの父が儂を退け下院三席に就いた時は、それは慶んだものよ。あの男の持つ勢いのまま、この篁夜連をより良く変革してくれると期待した。儂ら頭の固くなった爺共では成せぬ“今”を築いてくれる、とな」
 しかしその男は志半で死んでしまった。
「桂丸が倒れたと思えば今度は重那。次の世をと頼みにしておった両翼が墜ちてしもうて大打撃よ。そういう意味では惟靖はやる気の無い奴だから、端から期待は出来ん。大丞も今は何も手につかんだろうし、元より若すぎる。
 桂丸よ。そなたに父御の後を継がせたのは適性が合った為だけではない。篁夜連に女と云う礫を投じる事で生まれる大きな波紋を待っているのだ。瀞丸は認めんかもしれんが、少なくとも儂はそなたならやってくれると信じておる」
 桐衛門は手酌で酒をあおっている。同じようぬ手酌で呑みながら、清綱は両脇の同僚と素早く目配せをし合っていた。
 何やら妙な雲行だ。
 とてもではないが昨日今日加わったばかりの新参者に話すような話題ではない。「期待している」とは、一体何を指して言っているのか。
 ただ若い世代としてこれからの篁夜連を支えて欲しい、などと云う生易しい響きではない。もっと明確な意志が絡みついているような……。
「込山、加地、榊原」
 唐突に声をかけられ、ぎくりとする。
「案ずるな、特別な事をさせるつもりはない。――恐らく周りの方が勝手に動くだろう。それに惑わされるな、屈するなと申しているまでよ」
 優しげな笑みが向けられる。桂丸は何も言わなかった。視界の隅に蒼い顔をしている臣らを映しながら、微笑む老将を見つめ返した。
 篁夜連。ここはまさに鬼の巣だ。
 ただ隣に座っているだけで。目を合わせているだけで。
 ほんの少し、声に意志を載せただけでこんなにも。
「…………」
 何を求められているかは判らない。
 父のように何が出来るとも、まだ思えない。
 ――重い。
 桐衛門の言葉は確かな重みを伴って、桂丸に覆い被さっていた。
「……微力では、ございますが……」
 ようやくそれだけ言うと桐衛門の目尻の皺が深くなる。
「何よりの言葉よ。――そうだ、近いうちに顔を出してくれるよう猗左衛門に伝えてくれ。年寄り同士、昔話でもしようとな」
 その昔話でひどい目にあった洋治郎らの表情は苦い。
「……呼んで参りましょう」
 清綱がそう申し出たが、桐衛門はもう遅いからと断って腰を上げた。かなり酒が回っているらしく、ぐらりと上体が傾ぐ。すかさず支えた清綱と信恭は、似たような量を飲んだ筈たが動きに影響は出ていないようだった。
 いつの間にかすっかり夜も更けていた。




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