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その坂は登り舞い戻るを赦さず -2



◇◆◇◆


 先程から皆、岩になったように動く事を忘れていた。桐衛門は軽い調子で話していたが、その内容は只事ではない。
 それでも辛うじて息を吹き返した榊原清綱は、挙手して桐衛門の話を遮った。
「神がそのような短時間で身崩れを起こす程の瘴気となれば、我々とて無事では済まぬ筈。当家先代が腕に傷を負ったのは確かに某めも記憶しておりますが、その折は不浄がどうのと云うことは無かった筈ですが……」
 ここでも桐衛門の口調は軽い。
「赴く前に六の君から護符を頂いていた。合流した時に確認したが、三人とも辛うじて形を保っている灰であったよ」
 直ぐに瘴気を祓ったがあれは凄まじかったと桐衛門は笑う。しかしそうは行かなかったのが桂丸付きの三人だ。
 すっとんきょうな悲鳴を上げてひっくり返った。
「!? な…、どうしたお前たち」
「わはははははははは!!」
 一頻り笑うと、桐衛門は酒をあおり空の杯を桂丸に付きだした。新たに酒を注ぎながら、未だ起き上がれないでいる家臣を尻目に問う。
「むのきみ、というのは……?」
 信恭の背中がビクリと震える。何だと云うのか。
「巫女じゃ。ただ少うし気が強うて、少うし腹が黒いだけのな。そなたもいずれ逢わねばならん時が来ようが、………積極的に探さなくとも良い」
「……巫女様、ですか」
「案ずるな。大丞でさえ未だ六の君とは顔を合わせておらん筈だし、先代の惟靖なぞ、ついぞ逢わなかったと云う。―――まぁ、逢わぬなら逢わぬ方が良い。のお、加地よ」
 ケラケラ笑う桐衛門を信恭は恨めしそうに睨みつける。しかしそこは堪えた様子で、「……他人事と思って…。笑い事ではありません」と苦言を呈しただけで飲み込んだ。
 何やらさっぱり分からないが、桐衛門が話を戻してしまったので桂丸は詳しい事を聞けなかった。
「桂丸は自らを囮とし、正面から突っ込んだ」



◇◆◇◆



 無論事前に打ち合わせた事だ。
 最初のうちならいざ知らず、既に狂気に呑まれた時津名唔は最早敵も己れも無いような状態だった。
 坂を転がる石。
 時津名悟はそれだった。
 転がれば転がる程加速していく。止まらない。
 だから目の前に有る物にはぶつかるしかなく、後ろを振り返る事は出来なかった。
 先ず重那が退いた。次に瀞丸が牽制する。周囲の爆煙を振り払おうと時津名唔はもがく。その懐に、桂丸は飛込んだのだ。
 穢れのため肥大した身体に刀を付き立て、力任せに捻り込む。引き剥がそうと振り降ろされた爪が桂丸の左半身をえぐった。
 しかし桂丸は動かない。背後に回った重那が荒神の首を斬り落とす手筈だ。
 中を舞う首。
 体に食い込む腕ごと斬り落として、時津名唔の腹を蹴って無理矢理離れる桂丸。次の一手で、瀞丸が残りの身体を吹き飛ばした。
 怨詛を吐く首は戻る体を完全に失いながらも治まる事を知らず、一先ず首桶に入れようと手を伸ばした瀞丸に噛みついた。
 満身創痍の桂丸を抱えて最刈山を降りてきた一行は直ぐに桐衛門等と合流。応急手当てを受けた瀞丸は、数名の配下と共に時津名唔の首桶を下げてその足で伊集茂に向かった。
 前線に立ち、見事荒神を伐った重那と桂丸の怪我は凄まじかった。特に桂丸は左半身がズタズタな上に時津名唔の瘴気に強く当てられていて、重那共々そのまま寝付いてしまった。
 治療には時津名唔の瘴気から逃れた村で購った家屋を本拠とした。とてもではないが、二人ともそれ以上動かせなかったのだ。
 



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