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その坂は登り舞い戻るを赦さず




 膳を下げたのと入れ替わりで運びこまれた酒を注ぎながら、桂丸は男の話に耳を傾ける。座敷には桐衛門と己れの他に洋治郎、加地信恭、榊原清綱が揃っていた。
 加地、榊原両名とも篁夜連への登城は慣れたもので、当然のように桐衛門とは旧知だった。
「最刈山の件であったな」
 桐衛門の話は桂丸のみならずその場にいた五代目からの臣達も内実を知らぬ話だ。酒杯を傾けながらも、今ばかりは簡単には酔えないだろう。
「とある人里の東の国に、時津名唔と云う神が棲みついたのが事の発端だ」
 桐衛門はくいっと杯を干す。桂丸は再び酒を注いだ。


◇◆◇◆


 本来なら篁夜連が関わる事ではなかったのだ。何しろ相手は神たるお方。伊集茂なり稗威なりに注進して終わる筈だった。
 しかしいつまで経っても神たちは腰を上げず時津名悟は居座り続けていた。
 憂慮した事態が起こったのはそれから六年後の秋、折悪くも神無月の始め。時津名唔から漏れ出た神気がとうとう土地の許容を越えたのだ。神気は全てを腐らせ始め、七晩で東の国は飽和状態。人の里と背中合わせのこちら側にまで腐敗が滲む始末。
 神無月でさえなければ即刻時津名唔を引き取りに来いと伊集茂の神達を引きずり出したところだが、如何せんその時ばかりは仕方が無かった。
 決まれば早かった。時津名唔の生殺与奪の権は篁夜連に有り、との書状を伊集茂に送り付けたのだ。そうして貴奴の元に赴いたのが儂と瀞丸、惟靖、先代の重那、そして五代目桂丸だ。
 とは申せ、儂と惟靖は人の里の方の事後処理をしておったので直接時津名唔と対した訳ではないのだがの。


◇◆◇◆



 爛れ腐れた土地では、流石の神も動かざるを得ない。しかし時津名唔は山一つ動いただけで、矢張離れようとしなかった。その折に時津名唔が身を移したのが最刈山だ。
 瘴気がこれ以上広まらぬよう先に山の四方から術者に結界で囲ませた。その後篁夜連が最刈山に到着したとき、時津名唔は既に穢れに呑まれていた。己れの神気で腐らせた土地の発した瘴気にあてられたのだ。
 荒神と化している時津名唔には言葉が通じなかった。同じ言語を喋ってはいても、互いに意味が通らなかったのだ。
 元より弑殺するつもりであったから、話し合いが無駄と知った時点で篁夜連側は実力行使にでた。
 若い重那と桂丸が前後に回って首を取ろうとした。首を落としたくらいでは死なないが、動きは極端に鈍るのだ。しかし阻まれた。以降の攻めも悉く退けられ、こちらの刃は全く届かない。逆に荒神は確実に二人の体に生傷を与え体力を奪っていた。
 瀞丸が奇策を用いても重那が罠を張っても倒れない。時がかかればかかる程、時津名唔は狂気を纏う。身崩れする。その時には既に悪鬼羅刹もかくやと云う有り様まで墜ちていた。

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あきゅろす。
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