[携帯モード] [URL送信]
昔語りに零るる雨の -2

 その足音も消えた頃、歳若い当主は五代目の最期を教えてくれと呟いた。
「穏やかなお顔で、お逝きになりました。前日の別れの席では、我らに済まぬと、娘を頼むとそう仰られて。………笑って、おりましたよ。室内の重たい空気を吹き飛ばすが如く、いつものようにからからと」
 その光景は、汕之輔の脳裏にしっかりと刻まれていた。
 病みやつれた顔に大輪のような笑顔を浮かべ、亡き先代桂丸・浅桐景実は笑ったのだ。
「大の男共が雁首揃えてしんみりしおって。気色悪い。これではゆっくり死んでもおれんでは無いか。鬱陶しい奴らだな」
 笑え!
 何がそんなに可笑しかったのか、景実は膝を叩いて笑った。隣に座っていた御台所雪代もコロコロと笑いだし、その内それは波の様に広がって、瞬く間に室内は爆笑の渦の中。しまいには酒が出されたわけでも無いのに裸踊りをする者まで出る始末。込山などは不謹慎なと眉を吊り上げていたが、当の景実が笑えと言うのだ。仕方ない。
 それだけの行為が、あの時の景実にはどれ程の苦行だったろうか。
 歩くのもやっとだった筈だ。それが大口を開け声を張り、手を叩いて踊りに合いの手を入れる。
 そんな姿を見ていられなくなったのだろう。次代は口元を押さえて出ていった。
「お前達であの子を導いてやってくれ。頼む」
 下がった赤い頭に、汕之輔ら臣達は額を畳に擦りつけて六代目を護り通すと誓ったのだ。
 大丞はあの日の隆茉と同じように口に手をやって俯いている。子供をあやすようにその背を叩き、汕之輔は月を見上げた。
「今ならば見ているのは月だけ。存分にお泣きなさいませ」
 すると低く声がする。
「……そなたが見ているではないか」
「いや、歳には勝てませんな。近頃目が霞んで耳も遠くなりまして、難儀しております」
「何を言うか、その若さで」
 大丞が顔を上げて汕之輔の軽口を笑う。その口が顫え歪み、嗚咽を洩らすのはすぐだった。
 辛うじて欄干にすがり、青年は声を殺している。哀れだった。
 流石に無礼かと思いもしたが、この若者は我等が桂丸と三つ四つしか違わないのだと思えば頭に手が伸びるのを止められない。そっと撫でてやると、堰を切ったように、泣き声。


 ―――お屋形様。貴方はこんな所にも、「童」を遺して逝かれたのですね……。


 何処かで鈴虫が鳴いている。
 ふと視線を転じれば、回廊の先に統矢と大丞方筆頭家老喜多原朗山が立っていた。
「大丞様、当家六代目は、あの方の遺されたお子。どうぞ仲良うしてやって下さりますよう、お願い申し上げます」
 返事は無かった。





[*前へ][次へ#]

10/25ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!