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襲名‐2
完全に変色してしまうと、体内を喰い荒らすような熱も痛みも引いていく。次代は荒い息を繰り返しながら、やがてのろのろと半身を起こした。そのまま未だ震える手で長く垂れた己の髪を掴み取る。
 動きを止めていたのは、ほんの数瞬ではないだろうか。
 次代は一度立ち上がり乱れた裾や襟、髪を整えると、骸まで二歩の位置で座り直した。膝の前で揃えた指先を床に着き、深々と頭を下げる。
 再び顔を上げたときには、先程までの苦痛や疲労は微塵も感じさせぬ声であった。
「この度、六代目を襲名致しました隆茉にございます。五代目におかれましては、これまでの重責、大変ご苦労様にごさいました。今日より後はこの隆茉、新たに気を引き締め、媚びず、驕らず、桂丸の名に恥じぬよう精進していく所存に御座います故、どうぞこの若輩を見守り下さいますよう、お願い申し上げます」
「ま……待たれよ、隆茉殿」
 翁の一人が震える声で制止しても、次代は止まらなかった。
 大座敷に向き直り、骸にしたのと同じように床に手を着いた。
「先代に比べ、至らぬ所も多々有るやと存じまする。またこの身が当代として起つ以上、皆様方には何かとご迷惑をおかけするやも知れませぬ。しかしながら、五代目の推挙、篁夜連の承認を得ました以上、この身朽ちるまで桂丸の名を背負う覚悟に御座います。翁衆方にはこれまで同様、この桂丸の相談役としてご指導下さいますよう、お願い申し上げます」
 六代目桂丸のこの挨拶に、翁たちはそろって顔を青くした。
 彼らにしてみれば、こんな長など認める訳にはいかないのだろう。日の本全国に恥を晒すようなものだ。
 座敷に集まった年かさの者たちも始めは納得出来ないといった顔であったが、篁夜連の名にあからさまに態度を変えた。
 先代に比べて此度の長は些か不恰好に過ぎる。あの漆を混ぜたような暗い色といったら! けれど篁夜連は既にこの者の桂丸襲名を認めているのだ。何があろうと決定は覆らない。それが篁夜連の篁夜連たる所以であった。
 五人の翁たちの表情が険しい。一族の集まる中、翁衆たる己らが声を荒げる様など見せられないとでめ思っているのか。薄く乾ききった唇を噛み締め、飛び出しそうな程目を剥き出している。
 桂丸はそんな老いぼれなど全く意に介していないというかのように淡々と挨拶を済ませると、末席に座っている童を呼んだ。
 不安そうにしている幼子を自分の隣に座らせると、翁衆を一瞥し少年の肩を抱いた。
「皆の中にはこの尉濂こそが当主となるべきだと思う者もいるだろう。しかし見てほしい。この子はこれほど幼く、篁夜連に名を連ねるにはあまりに小さい。これが当主となって果たしてあの伏魔殿で生き抜けようか。―――断じて否!!」
 これには翁衆も顔を真っ赤にしている。
 そう。それに。
 桂丸の言うように、そして翁衆の考えるように、本来ならば五代目の跡継ぎは衆目に晒されて身を小さくしているこの子供であるはずなのだ。しかしその場合、後見に付くのは隆茉ではなく翁衆になる。つまりそれは、実質上「桂丸」を名乗る資格の無い者が実権を持つことになってしまう。しかも今回のような場合は後見人では止まらない。必ず代理という立場を許すことになる。それではただの交代劇だ。
 だからこそ一族も、直系である隆茉が跡を継ぐことを許し、篁夜連の協議も通過した。
 こんな悪知恵の働く爺共に桂丸を汚されるくらいなら、隆茉に継がせるべきだと誰もが思った。そして今、童と自分を見比べさせることで、隆茉はその思いをより強固なものへと作り上げたのだ。

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あきゅろす。
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