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参集の燭 -4

 頭を上げた所で左斜め前の惟靖と視線がぶつかった。にたりと笑われ、桂丸は微かに眉をひそめた。
「黄泉比良坂の守りが古くなっておるでの―――」
 宗禎の声が座敷内をひょろひょろと流れていく。
 会合自体は桐衛門が二、三追加報告をしただけであっさりと終了した。


◇◆◇◆


 舞冥城は筆頭当主七名を揃わせる場としてのみ建立された御殿だった。
 そもそも有事の無い時なら定期集会でさえ全員が集まる事も希なのだ。これほどの規模の屋敷を建てる必要など無いだろうにと思ってしまう。屋敷の維持だけのために千からの人員が駐在しているともなれば、無駄も極まれり、だ。
 と思いながらも、広がる絶景に桂丸は息をついた。
 代々の桂丸が逗留していた一木と名の付く離れに通され、父の頃からの配下の込山洋治郎が開けた障子の向こうに、我知らず桂丸は感嘆の声を上げていた。
 秋も中旬に向かおうかというこの時期、辺りの木々はようやく色付いたばかりで所々まだ緑も見える。さらに赤や橙の間に見え隠れして滝もあるようだった。
 高台に建つ舞冥城だ。それらの景観を眼下に臨むなど郷では有り得なかった。
「先代も、そうして四季の移り変わりを楽しんでおりました―――どうぞ」
 差し出された茶に口を付け、桂丸は気を鎮めようと努める。二度おかわりをして、ようやく落ち着いた。
「で、何だったんですか、先刻のは」
 本殿からこの離れに向かう途中、侍女頭がやって来て桂丸に頭を下げたのだ。
 控えの間で桂丸を待っていた洋治郎ともう一人、こちらも古参の渡栄斉は、顔見知りの侍女頭が新参者に過ぎない筈の桂丸に謝罪するのを聞いて耳を疑った。六代目は襲名して初の登城だから、こちらが粗相をしでかす事はあっても侍女頭自ら頭を垂れに来る不始末を舞冥城側がしたとは思えない。
 桂丸といえば、逆に申し訳なさそうに礼を述べる始末。全く訳が分からない。
 問質すと主は再び外へ目を向けてしまう。
 洋治郎は矛先を逸らした。
「………初出仕は如何でした? 方々から何か言われたのでは?」
 今度は拒絶される事もなく答えが帰ってきた。
「もっと糾弾されるかと思っていたんだ。居場所も、しつこく訊かれるだろうと身構えていたんだが……」
 尉濂の事だ。
 あっけなかったと云う桂丸に、それはそうだろうと思う。
 実力が物を云う場だ。正統な血統同士なら上だろうが下だろうが、篁夜連は強い方を択ぶ。今度の場合は女という前例が無かっただけなのだ。
「……髪の事については………?」
 苦笑した顔が洋治郎を振り返る。
「損な役回りだな、洋治郎」
 そう言って急須を取り、桂丸は自らと洋治郎に茶をいれる。干菓子まで勧められ、洋治郎は思わず口許を緩めた。
「そういう性分ですから。……頂戴致します」
 二口程すすって湯呑みを下ろすと、桂丸は景色を眺めていた。その横顔に、洋治郎は先代の姿を重ねずにはいられなかった。
 同じような時季、この場所で、景実もこうして外を見ていた。目の焦点をずらせば背景の赤と彼の緋とが混じりあい、緩めた横顔だけが浮いて見える事もあった。しかし今は違う。桂丸の紅は秋の姿に埋没しきれずくっきりと切り取られている。
「……瀞丸殿からは有難くも皮肉を頂いた。その姿で現れる意気や良し、とな」
「それは良うございましたな」
 顔を見あわせくすりと笑う。
「桐衛門殿など、私が『桂丸』で在るなら先代の総領など関係無いとも言って下さった。証も確かと言質を頂き、『桂丸』で在るのを許された。――これで誰にも文句は云わせない」
 翁衆のみならずとも、六代目を認めたがらない輩は居た。臣の中にも眉をひそめる者が無い分けではなく、桂丸はそういう者の事も云っているのだろう。


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