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参集の燭 -3

 侍女頭ともう一人に手伝われ、帯を解いて腰ひもだけの頼りない姿となる。胸当てを外して背後に落とした着物を肩にかけてもらい、侍女の持ってきた衣で前を隠す。
 宗禎に背中を向けるように座り直すと、衝立が避けられる。その隙に、桂丸は一度袖を通して長い髪を肩へ流した。
 両側に座った侍女が、肩にかかった着物の襟を掴む。ゆっくりと滑り落とされ、桂丸は裸の背中に冷気と痛いくらいの視線を感じた。
「…………」
 胸の前で抱いた衣をぎゅっと握る。どうなのだろうか、この背中は。
「………………ふむ」
 宗禎の声が遠い。
「……確かに」
「もう良いぞ桂丸。我等は確かに、そなたの背に痣紋を見た」
 桐衛門の声に安堵の息が漏れる。侍女たちもほっとしたようで、「よろしゅうございました」と声をかけてくれた。
「よもや墨を入れたのではなかろうなぁ、桂丸」
 緩んでいた空気が一気に張りつめた。驚いて振り返る。言ったのは惟靖だった。
 何を云う!と隣の瀞丸が叱咤する。惟靖は己れの太鼓腹を一つ叩いて宗禎に言った。
「可能性は有りませぬか? 若しくは絵師にでも描かせたとか。――調べてみる必要があると存じます」
 篁夜連総帥は髭をすいている。
「…如何にして調べる?墨を入れるのは相当の時間がかかろう。髪の色さえ正しく変われば必要も無き事。ならば絵じゃろうが、……湯でもかけるか?」
 それもまた面倒な話じゃの。
 愚問だとでも云いた気だ。
「何、簡単な事。触れてみれば良いのです。彫ったのなら傷の有無、描いたのなら手触りで判ります」
 言うが早いか、惟靖は立ち上がって桂丸の所までやって来る。しゃがみ込んで手を伸ばしてきた。
 身を硬くした桂丸を抱きかかえる様に、侍女頭が二人の間に割り込む。「お止め下さい、惟靖様」
 しかし腕の一振りで簡単にそれを払い除けた惟靖は、無遠慮に桂丸の細い肩を掴んだ。肉厚の湿った手が肩から腰までを一撫でする。
「滑らかな肌だ」
 にたりと笑った男の目をまともに見てしまい、桂丸は眉を寄せる。知らずに胸の前で衣を抱く腕に力がこもった。
 それでも、ここで目を反らしてしまえば屈したも同然と強く相手を見つめ返す。背中でうごめく手が気になる。
「…如何で、ございましょうか」
 ふむ、と言ったきり惟靖は答えない。それでも手だけは忙しなく動き、明らかに痣紋の無い肩や腰まで撫で回す。
「どうなのだ惟靖っ」
 しびれを切らした瀞丸が声を上げた。額に青筋が浮いている。
 ようやく男の手が止まった。
「いやはや、やはり生娘の肌は別格ですな。えも言えぬ良い香りもする」
「痴れ者が。痣紋は本物かと訊いておるのだ!」
 ぼりぼりと首を掻いた惟靖は、本物だろうと答えたものの未練がましく桂丸の肩から手を退けない。
「本物ならこれ以上は桂丸に対して礼を失する。――肌を隠すがよい、桂丸。笹峯、手伝うてやってくれ」
 桐衛門の言に侍女頭はひとつ頭を下げ、桂丸から惟靖を払い除ける。背後に落ちていた着物を女当主の肩にかけると、配下の侍女に命じて脇に避けていた衝立を運ばせた。
 視線から遮られ、桂丸は息をついた。着物の上から背を撫でてくれた若い侍女の手が温かい。
 身頃を整え帯を結う。すっかり身支度を調えた桂丸が衝立の奥から出て行くと、上座に座った宗禎が席を勧めてくれた。
 序列七位、障子を背にした下座が桂丸の席だった。
 侍女らが退がるのまでの間に、宗禎は桂丸が桂丸たりうる事は揺るぎ無きと言質を与える。これで誰も――表立っては――不平は云えなくなった。
「では早速本題に入ろうかの」
 そもそも桂丸の襲名報告の為に集まったのでは無いのだ。
「桂丸は取り合えず聞いておるだけで良いからの」
 声をかけられ叩頭する。

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あきゅろす。
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