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参集の燭 -2

 草の根掻き分けて里山中捜したが見つかっていない。一番の懸念は既に殺害されているのではという事だったが、この様子だとそれは無さそうだ。
「成程。では弟御の逗留先は言えぬのであろうな。まぁ、そんなことはどうでも良いが。問題は…」
「痣紋の有無、だろうな。――割り込んで済まんな、瀞丸」
 言ったのは瀞丸の向かいに座っている序列三位の桐衛門だった。出家したわけでもあるまいが、見事な禿頭である。
「桂丸も」
 振り向いた顔が柔らかく笑う。口をへの字に曲げている瀞丸とは大した違いだ。
「それさえ有れば髪の色や総領の弟など瑣事に過ぎん。……どうだろう桂丸。そなたさえ良ければ、後程部屋に女を寄越すから、その者らに背中を見せてはもらえまいか」
 自分の背中を自分で見ることは出来ない。
 痣紋は薬を飲んだ翌日から十日の間に体に現れる特有の痣だ。過去三度程の例外があったそうだが、大抵背中に浮かぶ。
 桂丸も亡き父の背に見たことがあった。
 それは、痣と呼ぶには幾何学的で、絵柄と云うには美観に欠けた。おまけに髪の色は筆頭七名それぞれ異なるが、この痣紋だけは完全に一致していると云うのだから「真の」証と呼ばれるのも無理からぬ話だ。
 桂丸は裄邑からそれを聞いていた。知る者は僅かで、翁衆は勿論、その任に就いていた絃衛門も詳細は知らないのだと聞かされてもいた。
 湯を使った際、梓野にその有無を確認してもらっている。…しかし、あれは本当か?
 直ぐに疑問を振り払う。子供の頃から共に育った年上の侍女は気休など言ったりはしない。
 承知しました。そう答えようとした桂丸だったが、滝のように落ちる真っ白な髭をすいていた宗禎の声に遮られた。
 老いて尚がっしりとした体格をした瀞丸、桐衛門とは対照的に、宗禎は正に枯れ枝だった。風に吹かれて尻餅を付いた途端に骨折してもおかしくは無い。
「……いっそ、この場で儂らに見せてもらった方が早いのではないかのぉ。見せた女に改めた所で、桂丸がその女を買収してしまえば木阿弥じゃろうて」
 如何かと聞いてくる宗禎に桂丸は力なく「は…」としか言えない。
 それとほぼ同時に、瀞丸と桐衛門が反論する。瀞丸ははしたないと云い、桐衛門は若いおなごに、と苦い顔をする。他の三人は涼しい顔で成り行きを見守っていた。院席らの中に入って行きづらいのも有るのかもしれなかった。
 気のおける侍女らにしか肌を見せた事のない桂丸にとって、瀞丸と桐衛門の抗議は有り難いものだった。しかしそれは同時に、「桂丸」が他の六名にとって既に同列では無いと云うのに等しい。「女の桂丸に」という言葉は「桂丸」へではなく「隆茉」に向けられた配慮――否定的な見方をすれば蔑視――の表れだ。桂丸は膝の上で拳を握った。
「構いませぬ」
 上座で討論していた重鎮らが声を飲み込んでこちらを見る。
「宗禎公の御提案とあらば、私に否やはございません」
「馬鹿を申すな小娘!」
「そうだぞ桂丸。そなたは我らのようなむさくるしい男共とは訳が違うのだ!何か間違いがあってからでは…」
 瀞丸も桐衛門も腰を浮かせて叱責してくる。
 尚も云い募ろうとする二人を止めたのは、桐衛門の隣に座した青年だった。年など桂丸とさして変わらない。
「良いではありませんか、本人が良いと言っているのですから」
 言うや否や手を鳴らして侍従を呼び、成り行きを説明して帰してしまう。
「大丞!」
 珍しく桐衛門が声を上げた。
「この程度の事で時間を無駄にする必要など無いと思いますが」
 そうこうしている内に衝立が運び込まれ侍女らが現れ、渋っていた二人も口を閉ざすしかなくなった。
「どうぞこちらへ」
 侍女頭だと名乗った年増女に促され、桂丸は衝立の向こうに移動した。

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あきゅろす。
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