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参集の燭



 青々としていた葉も、すっかり様変わりしていた。
 赤や黄が所々に見られる。いつの間にか紅に染まった実を鳥が突いているのが見える。
 高台に張り出すように造られた回廊から眼下に見える山々を見てやっと、桂丸は季節が変わったのを知った。
 襲名から一月。荒れに荒れた翁衆を何とか抑え込み、それが一段落したかと思えば社から再度降りてきたあの生臭神官が郷中を周って清祓いを行っていった。先代の霊璽の納められた御霊舎を安置し終えた熾承は、今度こそまともに顔を合わせた鎬把と旧交を温めていたようだが、さして興味も無かった桂丸はその輪に加わろうとはしなかった。
 その間にも亡父から継いだ仕事は山積していたし、自身に対する猜疑の目を取り除けた訳ではない。仕事を預けてきた裄邑は気にしているようだが、桂丸自身、そうする意味を持っていなかった。
 裄邑は翁等にも何とか六代目を認めさせようとしているようだが、桂丸はその様子を他人事のように見ていたのだから。
「お前はあの子供が怖ろしいのだ!」
 そう言った翁の言葉は的を射ていたのだ。
 召集された先で色付いた木々を見つけて、己が如何に気を張り詰めていたのかを見せ付けられる思いだった。景色を見る余裕すら、無くしていたのだ。
 案内された室内の隣に続く襖の前に叩頭し、ただ静かに開かれるのを待つ。そうして待っていると、襖の向こうで人の気配がした。一つ二つと増えていく。何やら話しているようだが、聞き取れない。
 やがて誰ぞの近習かが、声高に桂丸の到着を告げた。
 おかしな話だと思いながら、頭上で襖が開かれるのを感じた。
「六代目桂丸様、ご入来ぃぃ……!」
 桂丸の目の前の襖を開け放ち、口上を述べると近習らはいそいそと退がっていく。その気配が完全に無くなるのを待ったのか、桂丸はやっと声をかけられた。
「遠路遥々よくぞ参られた、桂丸の六代目よ」
 少し間延びした、高くかすれた老人の声だった。
「我ら篁夜連一同、歓迎しますぞ」
 面を上げるように言われ、桂丸はゆっくりと上体を起こす。
 実に約六年振りに見る御大たちの姿だった。


◇◆◇◆


「宗禎公、少し宜しか」
 長々と続く老総帥の言葉を遮ったのは瀞丸だった。老いて尚鋭い視線を新参者に向ける。
 上院二席。
 現在序列二位の老将は、桂丸の紅い髪を見てふん、と鼻を鳴らした。
「先ずは襲名を言祝ごう。―――その姿でこの場に現れる、その意気や良し」
 下座に座したまま、桂丸は黙している。
「してそなた、聞いた所によると年の離れた弟を郷から放逐したそうだな。しかも社送りのその日に」
 衣擦れの音さえ無い。篁夜連の筆頭六名には周知らしい。桂丸は是と答えた。
「何故」
「当郷の平穏を乱すからにございます。恥ずかしながら、臣らの間で私への是非が一致しておりません。その中では、彼の者の姿が在るだけで桂丸の権威に瑕が付くのは必定と視た次第」
 見本のように美しく伸びた背筋。桂丸は堂々としている。何処にもやましいところは見つけられなかった。
 瀞丸がこの話を耳にしたのは八日前だった。それまでも噂として聞いてはいたものの、事実らしいと知って腹を抱えて笑った。
 桂丸の後継が女なのは篁夜連の者なら誰もが知っている。その為に数ヶ月に渡って議論したのだ。瀞丸の個人的見解からすれば忌々しい限りだが、その代わりに来るのがむつきの取れたばかりの童だというのだからどうしようもない。
 篁夜連の決定は絶対にして不動。
 この不文律に異を唱えた桂丸の翁達だ。正統な総領を抱えたままそんな剛毅な爺共とどう渡りをつけるのかと思っていたが、供すら付けず郷から放り出したというのだから、笑いたくもなる。
 問題は、その後の総領の行方だ。

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