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虚実



 撃沈。
 真っ白な画面上でカーソルだけが虚しく点滅していた。
 私はキーボードの前で頭を抱えたまま、今伯友社に隕石が落ちれば締め切りどころじゃないよなと不毛な思考に捕われていた。
 期日は明後日。敵はしきりに電話を寄越しては進みましたか?大丈夫ですか?と尋ねてくる。
「いやぁまぁ、何とか…」
 と言葉を濁すしかない私。
 何とかだって?全くもって何ともなっていない!
「………」
 電話。
「………」
 私はぴくりともせずコール音が切れるのを待つ。暫くすると留守電に切り換わった。
『……火村だ。今大阪に来てる。フィールドワークなんだが……』
 准教授はそこで溜め息をついた。
『居ないなら仕方ない。来れそうなら連絡してくれ』
 通話はそこで途切れた。録音完了の電子音が鳴り響く。
 そこで漸く私は頭を上げた。
 すまん火村。俺かてフィールドワークに行きたい。けどそれどころやないんや!
 悪いのは背っ羽詰らないと動けない私なのだが、ウィンドウを睨んで宇宙に向けて呪いの念を送った。


☆★


「如何でしたか?」
 電話を終えて戻ってきた火村に尋ねると、犯罪学者は不在だったと首を振った。残念です、と船曳はサスペンダーを引っ張る。
 その様子を見ていた森下は隣にいた上司に問う。
「火村先生は何故有栖川さんを呼ぶんでしょうか?」
 鮫山は森下を見やると盛大な溜め息をついた。
「何や、捜査に何も貢献せんで検討違いなことばっかり言うくせにってか?」
「ち、違いますよ!」
 逆に訊けば森下は慌てて否定する。
「ただ、お一人でも問題無く事件を解決されてしまうじゃないですか。助手が必要とも……」
 鮫山は部下の背中をバシリと叩く。森下は声を上げて痛がった。
「だからお前はいつまで経ってもケイイチなんや」
 何なんですかと文句を言う森下を残し鮫山は班長達に近付いた。
「何騒いでるんやあのアホは」
「火村先生程のお人ならば助手などいらんのやないか、だそうです」
 海坊主は嘆息した。
 当の准教授は困ったような笑みを浮かべて若い刑事を見る。すると森下はピ、と背筋を伸ばした。
「有栖川は余計なルートを省く良い逆コンパスでなんですが、お邪魔でしたら私から言い含めて同行を遠慮させます」
 船曳と鮫山はとんでもないと首を振る。
 例の助手がこの准教授にとってそれ以上の効果を発揮するのを2人は気付いていた。
 隣にいるだけで火村を包む空気が安定するのだ。
 ライ麦畑の捕まえ役。
 崖から落ちないように見守り、また彼の姿を目にする度に火村自身が自らを顧みて逸る足を止める。そういう事だろうと船曳も鮫山も感じていた。
 それが分からないとは…。
「ケイイチやな」
 火村を挟んで2人は頷きあった。


☆★


 来客を告げるチャイムに軽やかに動いていた指を止めた。時計を見れば直に日付が変わる。こんな時間にやって来る奴を私は1人しか知らない。しかし…
 まぁいい。流石に今日は私の手元を覗くような真似はするまい。
 玄関を開けると矢張火村だ。寝かせてくれと呟きさっさとソファに倒れ込む。
 心優しい私は何も言わず犯罪学者に毛布をかけてやった。


☆★


 数ヶ月後のある日、大阪府警の一室で読みましたよと森下が声をかけて来た。
「あれって火村先生の事ですよね?」
 雑誌名を言われギクリとする。
 片桐にどうしてもと頼まれたハートフルストーリーだった。推理小説家にこんな事と恐縮されたがたまには良いだろうと引き受けたのだ。
 しかし当然、頭を抱えるハメになった。
 火村には内密に…と耳打ちしているとあろうことか該当頁が開かれた例の雑誌が我々の間に突き入れられ、退け反る。
「へぇ、何が内密になんだ?アリス」
 悪魔がそこに立っていた。

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