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火村英生にあやかり隊



 火村英生と云う男がいる。
 彼は京都は英都大学社会学部の教壇に立つ准教授だ。専攻は犯罪学。
 ある人は彼を「臨床犯罪学者」と呼ぶ。彼が生の現場に飛込んで行く為だ。成程。

「森下刑事?何しとるんですか?」

 背後から声をかけられ森下は飛び上がった。刑事の背後を取るとは侮り難しと生唾を呑み込んだが、何の事はない。森下の意識は全て上司と資料を囲んでいる犯罪学者に注がれていたのだ。

「あ!……り栖川さん…、ご苦労様です」

 捜査一課では屡、火村に事件の捜査協力を要請していた。その助手としてやって来るのが、この有栖川有栖である。
 どうも、と返事をした有栖川は、森下に倣ってひょいと室内を覗き込んだ。そこには船曳、鮫山と共に火村の姿がある。
 平素の彼ならば挨拶しながら室内に入って行くだろうに、今日は無言のまま森下を振り返った。

「な、何ですか?」

 笑顔を引き攣らせた森下を気にする風でもなく、有栖川は訳知り顔で頷くと刑事の腕をひいて休憩所までやって来た。手早く買った缶コーヒーを差し出され、訳が分からないまま礼を言って受け取る。

「森下刑事、火村に何かあるんですか?」

 プルタブを開け損ねた森下に変な意味やないですよと断ってから、前から気になっていたのだと有栖川は言う。

「何や火村を見る目が徒ならないなぁ…と」

 森下は大いに慌てた。まさか有栖川に指摘されようとは。
 ここで有らぬ疑いを立てられれば火村の耳に入るのも時間の問題だ。正直に言った方が得策だと瞬時に判断した。

「……その……、火村先生を見習いたくて…」

 しかし有栖川はとんでもない事を言う。

「…てっきり弱味でも握ろうとしてるのかと…」

「まさか!」

 そんな恐ろし…、畏れ多い事、有る訳がないではないか。

「違うんです。ただ……火村先生は聡明で、私と幾つも違わないのにあんなに頼もしくて。何て言うか、警察でもない先生に刑事として敗北感を感じていまして……」

 森下の告白に缶に口を付けながら有栖川はうーんと首を捻った。

「…まるで火村を刑事として目標にしているように聞こえますけど、アレ目指すのは止めた方が良いんやないかなぁ」

「何故ですか?」

 火村の働きによって解決した事件は多い。上司らにも「火村先生を見習え」とよく言われている。あの観察眼と推理力を身に付けられたらどんなに良いかと思うのだ。
 しかし有栖川は、いやいや、と首を振る。

「あいつは性格ひん曲がってますから。要らんトコまで影響されては敵わんでしょう」

 そうなのだろうか。森下自身、火村の人柄に対しかように否定的な見方はしていなかったのだが…。
 有栖川が缶の残りを仰った時だ。突然背後からバリトンが降ってきた。

「理解ある友を持って俺は幸せだよ、アリス」

 咳き込む有栖川の背を摩りながら振り向けば、船曳班長を先頭に火村と鮫山が直ぐそこまでやって来ていた。
 森下は途端に蒼くなる。船曳が火村を振り返った。

「すいませんね、火村先生」

 犯罪学者はちらりと笑うのみ。その横で鮫山が渋い顔をしている。

「お前、尾行の練習しとけ。アレで気付かれてないつもりか?」

 再び血の気が引いた。

「え……気付いてました?」

「バレバレや、阿呆」

 顔が熱るのが分かった。頭隠して尻隠さずな若手刑事に火村は何を思ったろうか。

「どの辺から聞いとった?」

「弱味でも〜ってとこ」

「ほとんど最初からやんか!」

 有栖川と火村の会話に森下は気不味さの余り顔を覆う。現場に行くぞとの班長の声に飛び付いた。

「車回して来ます!!」

 走り去る部下を尻目に鮫山はまだ渋面だ。

「ほんま阿呆で申し訳ない」

「いえ」

 犯罪学者は興味無さそうに口笛を吹いた。

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あきゅろす。
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