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駱駝と青い鳥



 それは9月も直に終ろうかという、良く晴れた日の事だった。
 真面目に仕事をしていた私のもとへ、京都府警の柳井警部から直々に電話があったのは昨夜の事。「有栖川さん向けの事件のようなんです」との話に翌日行く旨を伝える。
 聞けば友人の他称――私だ――臨床犯罪学者火村英生は前日から現場入りしているらしい。電話を切ってから夕刊を広げると、成程その事件が報じられていた。朝刊と見比べるとどうやら進展があったらしい。凶器が見つかったとある。
 私は電話を取り火村にコールした。まだ現場にいるのかそれとも風呂にでも入っているのか、なかなか出ない。
 諦めて切ろうとしたところで漸く繋がった。アリスか、とバリトンが届く。

「忙しそうやな先生。今、柳井警部から連絡をもろうたんやけど…何ならかけ直そうか?」

 火村はそれには答えず来られるのかと訊いてくる。ここ暫く長編の締切に追われて自宅で缶詰状態だったのを知っているので気を使っているのか。殊勝な奴だ。
 格闘していた長編は無事片桐氏の元へ送り済みで、今は3ヶ月後が締切のエッセイ執筆中だと言ってやる。すると火村は迎えに来てくれと言い出した。

「車が動かなくなった」

 火村の愛車は同僚から2束3文で譲り受けた年代物のベンツだ。私も人の事は言えないが動いているのが不思議なような代物である。

「またか。そろそろ買い替え時なんやないんか?」

「馬鹿言え、まだいけるさ」

 そんなやりとりがあって、私は京都の火村の下宿までブルーバードと共にやって来ていた。
 下宿の婆ちゃん、篠宮夫人に挨拶をして車に乗り込む。
 府警への道すがら事件の概要と捜査状況を聞く。ふむふむと相槌を打ちながらステアリングを左に切った時だ。火村が「あ!」と突然声を上げたのだ。
 私は驚いて操作を誤りかける。ぐらりと蛇行した私に、背後からクラクションが鳴らされた。

「何や、びっくりするやないか」

 しかし火村は私の文句など聞いてやしなかった。車を停めろと言うのだ。

「犯人でも解ったんか?」

 犯人が解ったから車を停めろというのもおかしな話だったが、私は言われるまま路肩に車を寄せた。

「ちょっと待っててくれ」

 停車するなり火村はそう言って車を降り、今来た道を足早に引き返して行く。
 さっぱり訳が分からないまま、10分程待っただろうか。シートにもたれながら書きかけのエッセイをどうしようかとぼんやり考えていると、後部ドアが開けられた。
 火村だ。

「……何しとん……?」

 見れば分かったが、それでも私は聞かずにはいられなかった。

「煙草買ってきた」

 後部ドアを閉めた准教授は助手席に座るなり早速キャメルに火を付けていた。
 唖然としたまま私は再び後部座席を振り返る。
 そこにはキャメルのカートンを溢れんばかりに詰め込んだビニールの買い物袋が2つ項垂れるように置いてあるのだ。

「丁度きれててな。それに来月からまた値上がりだろ?やってらんねぇよ」

 火村はそんな事を言う。それでわざわざ戻ってまで、先程通り過ぎた煙草屋で購って来たという訳か。
 やっていられないのはこちらの方である。溜め息を噛み殺してギアをドライブにし、ウィンカーを上げる。
 再び走り出した車内で、私は言ってやった。

「君が死ぬ時は逆上した犯人に刺されるか、さもなくば肺癌やな」

「結構じゃないか」

 言ってろ。




 5日後、火村は無事に事件を解決させた。私の活躍はまぁ……、な具合で火村の推理に貢献した事を記しておく。

「一度、火村先生の頭の中を覗いて見たいですな」

 捜査中柳井警部が洩らした台詞だ。
 同感だ。煙草でやられている筈の脳細胞がどのように働いているのか、私も是非知りたいところである。

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