3
翌日正午。幾松は2人前のラーメン、炒飯、餃子を提げてその橋の近くにバイクを停めた。
出前用のかごを両手に下げて昨日と同じように階段を降りる。
橋の下を覗き込んで、あれっ?と声を上げた。
「幾松殿。今日も出前か?」
桂の問いには答えず、辺りを見渡した。
「昨日の人は?」
武蔵っぽい人がリヤカーごと居なくなっている。
「今朝早く移動して行った。――凄いぞあの人は。様々な街をさすらっては人々の暮らしが移り行く様を両の眼に―――」
桂の熱弁を聞き流して幾松は眉を寄せた。
手に下げたかごを見て溜め息をつく。一つを桂に差し出した。
「?」
「あたしの奢り。あんなスナック菓子ばかりじゃ持たないでしょ」
中に入ったラーメンセットに桂は声を上げる。「それは?」と左手に持ったままのかごを示すと武蔵っぽい人の分だと言う。
「居ると思ったから2人分用意したのに……、無駄になっちまったねぇ」
店に持って帰る頃にはのびているだろう。もう捨てるしかない。
「幾松殿、もう昼は済ませたのか?」
「え?いや、まだだけど…」
「では一緒に食べよう」
言うが早いか、桂は2人分の食事を取り出して幾松を自分の隣に座らせた。割箸を渡され幾松は戸惑う。
「…いや、いいよあたしは……。店もあるし……」
「戸締まりはしてきたのだろう?」
「まぁそうだけど…」
では良いではないか、と桂は箸を割った。
「外で食べる事によって、また一味違う筈だ」
幾松は眉を吊り上げた。
「何だい?店で食べるあたしのラーメンは飽きたってのかい?」
勿論本気で言っている訳ではない。焦って言い訳する桂が面白いだけ。
幾松はわざと重い溜め息を吐いてラーメンを食べ始める。
「……いや、違うぞ幾松殿……」
「はいはい」
食べ終ったどんぶりを一緒に片付けていると、桂の二の腕に巻かれた布が目に入った。白い羽織に白い布だったので昨日は気付かなかったのだ。
「………どうしたの?それ……」
幾松の視線を追って左腕のそれを見た桂は「…ああ…」と濁して体の陰に腕を隠す。
そのあからさまな様子に、幾松はちょっと…と桂ににじり寄った。
「見せて」
「いや幾松殿、本当に…っ!」
幾松が固い結び目に触れた途端、桂は痛みに顔を歪めた。はっとして一瞬手を引っ込めた幾松だったが、意を決して解きにかかる。
「ちょっ…、いっ……痛い痛い!幾松殿!待ってく――っつ……〜〜〜〜!」
半無理矢理布を引き剥がすと切れた羽織やその下の着物が赤黒く染まっていた。
無言のまま羽織を奪い取り合わせに手をかけた幾松に桂は慌ててストップをかける。
「――っ、幾松殿!」
「黙んな!男がごちゃごちゃ言うんじゃない!!」
怒鳴りつけて桂を黙らせると、幾松はそっと左肩から着物を脱がせた。
「……」
ひどい。
止血した事により血は止まっているものの、垂れ流れた血が腕にこびりついていた。そのせいで傷が良く見えない。
幾松はバイクまで取って返してタオルを持ってくると、それを川で濡らして固く絞った。そっと腕に押し当て血を拭う。川と桂とを2、3度往復してようやく斜めに奔った傷を見た。
「……馬鹿だね、あんた」
そう呟いたきりうつ向いてしまった幾松に、桂は酷く逡巡した。このまま抱き締めれば良いのか押し倒せば良いのかと、本当に馬鹿な事を考えていたのである。因みに押し倒すが優勢だ。
ごくりと咽を鳴らす。
道からは死角になるとは言え、真っ昼間からこんな屋外で彼女を組み敷くなど…。そっと肩に触れた途端幾松が顔を上げたのでぎくりとした。
「店が終ったら手当てに来るから」
タオルで応急処置をした幾松は、それだけ言うと桂の顔も見ず去って行った。
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