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 雨の中を走る。
 背後からサイレンが迫って来ていた。
 斬られた左腕は雨のせいか冷たくなっている。お陰で痛みも感じないので好都合ではあったのだが。
 乱れた息の元振り返ると、パトカーの赤色灯が反射して建物が赤く染まっていた。

「くっ……」

 これでは捕まるのも時間の問題か。一先ず何処かに身を隠さなければ…。

「――っ!!」

 突然地面がなくなった。そのまま滑るように土手を転がり落ちる。
 とっさに左腕をかばったので傷が広がる事はなかったもののお陰で頭がグラグラする。
 今朝からの雨で川の水量がかなり増しているのか、ゴウゴウと激しい水音が鳴っていた。
 このままここで力尽きてしまえばどれ程楽だろうか。考えて、いかんと首を振る。自分がそんな事では、誰がこの国を変えると言うのか。あの日背中を預けて闘った友たちとは、もう同じ道を行くことは叶わないのだ。

「っ……、はぁ……」

 残った気力を振り絞って立ち上がった。
 右手に大きな橋が架っていた。あそこまで…。
 顫える足を叱咤し、肩で息をしながら橋を目指す。
 いつもの己れなら、さしたる距離でもないだろう。しかし雨に打たれ傷を負い、追ってのかかる状況では、その距離が何とも遠い。
 途中はぐれた彼は無事逃げ仰せただろうか。彼の白い肌が思い出されてならない。あのつぶらな瞳に、自分は何度心洗われたかしれなかった。

「……無事でいてくれ……」

 直前に些細な事で喧嘩した。もう逢う事も叶わないかもしれないと思うと、それだけが悔やまれてならない。
 彼はいつも側に寄り添ってくれたのに。

「……」

 雨音、サイレン、川の流れ、荒い呼吸音、濡れ草を踏む不確かな足音。そこにキーン…と耳鳴りまで加わりだす。街灯の灯りも届かないこの河川敷では歩くのさえままならないと云うのに、耳鳴りが意識を掻き乱していく。
 ふと、目指す橋の下にぽぅ…と小さな明かりがともった。
 一瞬緊張に足を止めたが、あそこに行くより他に術はない。この坂を登り道に出、追っ手を意識しながら身を隠す場所を探す。今の体力では不可能だった。
 近付くにつれ、橋の下に人影が浮かび上がってくる。用心のため柄に手をかけながらじりじりと進んだ。
 橋の下、リヤカーに乗ったその老人がふとこちらを見る。

「あ……」

 柄から放した手で頭を掻いた。

「あのー。隣良いですか?」

 桂がそう訊くと、武蔵っぽい人はビシッと親指を立てて笑った。

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