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【BL】『喫茶店。』シリーズ


 忙しい音が聞こえる。

 男はいつの間にか眠っていたようで、寝ぼけた頭を横に振ると、

「……」

 手の甲でまぶたを擦った。

 ぼんやりとだが、店内が明るいのには気がついた。

「ん……店内?」

 男はがばっと起き上がると慌てて、辺りをきょろきょろと見渡す。

 すると肩から何かがすべり落ちたのに気づいた。

 床に目をやると、ベージュの毛布が地面に落ちている。

 男は屈んでそれを手に掴み拾い上げていると、

「あ、おはようございます!」
「わっ!?」

 後ろを振り向いていた男は驚き、声が聞こえてきた正面へ向き直った。


「よっぽどお疲れだったんですね」

 そこには色素の薄い髪をトップで纏めた愛らしい人が、黒のエプロンを身に着けて微笑んでいた。

 男はわけが解らずきょとんとしていると、

「お腹すいてませんか?お兄さん初めてみたいだから朝のサービスしときますよ?」
「え?……朝って」

 まだまともに働かない思考で一生懸命考えていると、

「……魚?」

 焼き魚特有の香ばしい匂いがしてきた。

「今日は『塩サバ定食』です!」
「は?塩、定食?」
「お、やっと起きたか」

 お前鍋ちゃんと見とけよ。
 と、悪態つきながら近づいてくるマスターは、相変わらず呆けている男を見やった。

「あの……」
「あ?」
「す、すみません……俺、寝込んでたみたいで」
「あー、よくいるからいいって。営業時間内だし」
「へ?」

 どんだけここは店開いてんだよ。
 と、男が心でつっこんでいると、

「おっはよーーでーす!!」
「ナルちゃん俺らに定食2つね!!」

 後ろの扉から男が2人入ってきた。

 男が振り返ってよく見ると彼らは大学生ぐらいの若い青年で1人は茶髪、もう1人は赤毛の短髪。

 背格好は似ているが赤毛の青年のほうがパッと見活発そうだった。

「一緒に仕事上がりですか?」

 カウンターに座る2人に向かって『ナルちゃん』と呼ばれた店員が笑顔で声をかけた。

「そうそう、今回は組んでだったけど、お客2人がコイツを取り合いだしてよ」

 おかげで俺は止め役で蚊帳の外!
 と、嘆きだした赤毛は顔をしかめ茶髪を指差した。

「あははー疲れたねー。『どっちとヤるのよ!!』ってそればっか」
「うわー……ギラギラ」
「枕営業はしないっていってんのにねぇ」

 爽やかに笑ってる割にはとても朝にはそぐわない会話に唖然としている男に「いつものことだから」と、マスターはそっけない態度でキャベツを手早く千切りにしていた。


「定食できてる?」
「あ、おはようございます!」
「お、ナルちゃん今日も元気ねぇ」

 そう言いながら入ってきた新しい客。

 背が高く、仕立てのいいスーツを着込んだビジネスマン風のその男にも、ナルは声をかけた。

「今日は出るんですか?」
「んー今日は残務整理かな?昨日終わったから」
「でも次のあるんでしょ?」
「そうなんだよねぇ」

 そう言って苦笑するビジネスマンに向かってマスターが、

「お前が担当になった奴はサイアクだな」
「いやー相変わらずつれないねマスター」

 厭味を言ったにもかかわらず彼は嬉しそうに返事した。

 するとまた、


「ちょっとー!マジ今日時間やばくね?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと朝はご飯は食べないと」

 あの人たちもどうせ定時に来たことないんですから。
 と、丁寧な口調で入ってきたのは近くの進学校の制服を纏った高校生2人。

 1人は口調の通り制服を綺麗に着たメガネくん。

 1人は口調の通り制服を着崩していた今時の青年。

「いらっしゃーい!定食2つ?」
「んにゃ……俺ちょっと今日はパンな気分「だったらよそ行け」

 別メニューを頼もうとした今時の青年に向かって、問答無用に言い放つマスターに、

「す、すんません……」

 彼は素直に謝罪を口にした。


 そんな光景を男が眺めていると、次々とお客が流れ込んでくる。

 それに合わせてマスターたちは忙しく料理を仕上げていく。

「お兄さん!」
「え、あ、何?」
「どうします?定食!」
「えっと……」

 どうしようかと一瞬戸惑って男はマスターを見やった。

 崩すことなく涼しい表情で作業をこなしていく横顔。

 男はそれを暫く眺めていると、

「うん、俺にも頂戴」
「はーい!」

 笑顔で答える男にナルは嬉しそうに返事をした。

「あ、ところで」
「ん?何?」
「お兄さん名前なんて言うの?」

 ボールを手にして卵を掻き混ぜるナルに聞かれて、男は暫く間をおき、


「俺は――」


 そう言ってニッコリ笑った。

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