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【BL】『喫茶店。』シリーズ



 途端に激しくゴポゴポと音が聞こえてきた。

 それに気づいたマスターは即立ち上がると、コーヒーメーカーとは違う方向に手を伸ばしていた。

 カチッと音がした後に、暫くすると濃厚なミルクの香りが漂ってきた。

 男はその香りを感じると自然と気分が落ち着いてくる。

「アンタ、甘いもの好き?」
「え?」

 ボーっと香りに浸っていた男ははっとし、慌てて「好きです!」と、叫んだ。

 マスターは一瞬驚き目を見開いたが、

「聞こえるし」

と、呟きながら真上の戸棚に手を伸ばした。

 扉が開いてそこから取り出されたのは、お煎餅などが入っていそうな金属の化粧箱。

 そのふたを開けるとマスターは、

「?」

 中から白い包みを出した。

「何ですか?それ……」

 覗き込み、首を傾げる男にマスターは「んー、甘いもの」と、適当な事を言って包みを剥がした。

 包みから現れたのは、

「パウンドケーキ……」

 美味しそうな色合いに焼けてるパウンドケーキ。

 切り口はきれいな橙色なので、それから男は練りこまれたカボチャを連想した。

「へぇー、男ですんなり名前が出るなんて珍しいな」
「そうなんですか?俺、よく作ってもらったから」

 そう話す男の姿はどこと無く淋しげで、マスターは手を止め目を細めたが、すぐに作業に戻った。

 セッティングされていく光景に『やっぱプロなんだなぁ』と、おぼろげに思う男。

 その姿にふと何かを思い出したようだが、

「……」

 軽く首を横に振って俯くき小さく溜息をついた。

 暫くすると、

「はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 目の前に置かれたカフェオレと2切れのパウンドケーキ。

 どちらも白い器で、パウンドケーキにはホイップクリームと飾りのハーブが添えられていた。

 男は暫く眺め、チラッとマスターを上目づかいに見上げた。

「あ?」
「いや……」

 どもる男の様子に気づいたのか、マスターはカチャカチャと片付け物をしながら「サービスね」と、そっけなく言った。

 男は『何故に?』と少し眉をしかめたが、

「厚意は素直にとっときな」

 そう言ってマスターは背を向け洗い物を始めた。

 その後姿を眺めながら、男は波打つように入ったカフェオレの真白いカップを手にとり、

「ん……」

 そこから漂う香りを鼻先で軽く吸い込んだ。

「いい匂い……」

 そう呟き、唇をカップに淵に重ねる。

 猫舌なのか、息を吹きかけそろそろと舌に乗せるように流し込んだ。

 なぜ砂糖がないのか気になっていたが、きっと皿に盛られたケーキに合わせたんだと、男はマスターの気遣いだか、こだわりに少し笑みがこぼれた。

 だが、

「痛ッ!?」

 飲み込もうとしたカフェオレが口内の傷に触り、思わず顔をしかめてしまった。

 声が小さかったのか、片付けものの音が大きかったのか、マスターには聞こえなかったようで

「……ふぅ」

 その異変に気づくことは無かった。


「あの……」
「ん?」
「聞かないん、ですか?」
「何を」

 そう言って洗い物を終えたマスターが振り返ると、

「こんだけ顔怪我していて、何とも思いませんか?」

 苦笑しながら見上げてくる男が、少し血の滲んだ頬をさすった。

 その様子にマスターは表情を変えることなく、

「うちが提供するのは食べ物飲み物だ。愚痴聞いてほしけりゃ歌舞伎町のおねぇちゃんに頼みな」

 んなんサービス外だ。
 と、言い放って布巾で手を拭くと読みかけの雑誌に手を伸ばした。

 男は返す言葉もなかったが、



「なら勝手に喋っていいですか?」

 カフェオレを口に運びながらマスターを横目で見た。

 マスターは雑誌に目を向けたままだったが、

「俺ですね……」

 男は笑って口を開いた。


「ついさっき婚約解消してきたんです」


 自嘲気味な物言いだが、それでもマスターは男に見向きもしない。

 そんな様子に構わず、男は話を続けた。

「結構長く付き合ってた人で、プロポーズも俺からだったんですよ。マジだったんですけど……10日前に」



 親友が死んじゃって。


 言葉のわりには穏やかな口調で、

「そいつ小説家だったんですけどね。書き掛けのプロットノートに書き残していた言葉があって」

 出来事のわりには落ち着いた笑顔で、

「俺への、隠し事だったんですけど」

 男は、話を続ける。

「俺が好きだって……」
「……」
「そいつ……男ですよ」

 マスターは目線をずらすことなく、雑誌をずっと眺めていた。

 ちょうど開いていたページの表題は、





『若き人気小説家・謎の事故死』




「でもですね……俺、俺だって」


 ずっと好きだったんです。


 頭を抱え、俯く男をよそに、マスターはまだ雑誌を眺めたままで、

「アイツ、すっげー人気あってカッコいいから、熱狂的なファンとかいたから……俺なんかが、そんなこと……言ってしまったら」

 徐々に、嗚咽交じりの声になって、

「彼女は好きです。でも、アイツがいなくなって……こんな想いに気づいてそしたら、そんなの彼女に失礼だって」

 どんどん涙が溢れて、ぬぐってもぬぐっても治まらなくて、

「だから言ったんです。婚約解消しようって、俺が全責任取るからって、そしたら彼女……ただ」


『わかった』


「穏やかに笑って、何もいらないって」

 そのままズルズルとカウンターに突っ伏した。

「いっそ罵ってほしかったのに、こんな一方的なんだから……」
「……」
「そしたら自分が情けなくて、むしゃくしゃしていつの間にか外飛び出して」
「そんで八つ当たりで絡んだ?」

 いきなり言葉を返してきたマスターに驚いて、男は突っ伏していた体を勢いよく起こした。

「んだよ……」
「いや……」

 マスターは雑誌を閉じると同時にシンクの方に放り投げると、

「煙いのヘーキ?」
「え……」

 ごそごそとエプロンのポケットからタバコの箱を取り出し、男に向かってちらつかせた。

 それを見て、男はコクンと頷いた。

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