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【BL】『喫茶店。』シリーズ
6 告白。


突き飛ばした反動でふら付く俺の体。

倒れそうになって、ケイちゃんの酷く驚いた顔が見えた瞬間。

「あ、」

体が一瞬ふわっと浮いて、温もりに包まれた。

顔を見なくても、感覚が覚えている。

「お兄、さ……」
「……」

お兄さんは何も言わず、俺の顔も見てくれなかったけど、抱きしめてくれる腕はやっぱり優しかった。

「今更じゃないですか」

ケイちゃんの冷ややかな声が耳につく。

「てめぇは手放したんだろメガネ」

アオイさんも少し怒りがこもった口調。

それに対して、お兄さんは少し黙っていたけど、

「人から見れば、そうかもしれません。でも、アキラが望むなら、俺はなんだってします……」

そう言ってまた黙ってしまった。

その時、

「んだよ……、それ、」
「え……」

俺の中で何かが切れた。

「てめぇらさっきからなに本人差し置いて話し進めてんだゴラァッ!!」
「え、あ、」
「アキラ……君?」

俺の豹変振りにみんな一瞬怯む。

俺も勢い止まらずお兄さんの腕を振りほどくと、昂ぶった怒りのままに言葉を吐き続ける。

「俺はな!俺の意思で東京出ようと思ったんだ!誰の世話にもなんねぇ!自分の身は自分で守るわ!!」
「いや、相手は極道……」
「人間だから死ぬときゃ死ぬんだよ!!それが遅かれ早かれ殺(ヤ)り殺られかしらねぇけど!!」


俺自身は俺自身のものなんだよ!!


「!?」

俺の言葉にみんな息を呑む。

その様子に俺は肩で息をしながら、少し落ち着いて、言葉を選んでまた、だけどゆっくり口を開いた。

「ケイちゃんや、サヤたちが心配してくれるのも解る。アオイさんや、シマノさんが身内を守ろうとするのも解る。でも、俺にだって、俺の言い分があって」

俺は頭がグルグルしてきて、俯くと右の掌で額を押さえた。


「俺はもう、たくさんなんだ。これ以上ここに居たくない。それで、死ぬようなことになるなら、仕方ない」
「アキラっ、」
「自棄かもしんない。でも解ってよ。もう辛いんだ。もうこんな想いしたくない」

涙が溢れてくる。

死ぬのが怖いとか、そういうことよりも。

「俺は、俺の心は俺のモノなんだ。誰がなんと言ったって。俺の意思を殺してまで、生きたいと思わない」
「両親が、悲しまれてもか……?」

お兄さんが静かに言った。

俺は一瞬黙った。


それもそうだと思ったんじゃない。

俺はゆっくり顔を上げると、軽く涙を拭って、お兄さんをお真っ直ぐ見据えた。

酷く驚いた顔をしていたけど、俺は言い放った。

「アンタっていつもそうなの?」
「え、」
「俺の親がどう思うとか、俺がどう思うとか、誰かがどう思うとか、あんたそればっか気にして生きてんの?」
「それは……、」

うろたえる様子に戸惑うことなく、俺は追い込みをかけるように口調を荒げる。

「俺はさっきまでの話の意味はいまいち解らない。でも、アオイさんが、ケイちゃんが言ったことはそうだと思う」

アンタは偽善者だ。

お兄さんの表情が、心外だといわんばかりの悲しい表情をした。

その場に居たみんなも、俺の発言にまた驚いたようで、声が出ない。

「アンタはそれで人に親切したつもりでも、相手は勘違いするときだってあんだよ」
「……っ」
「優しさが本心だと思って、喜んで。でも実はそうじゃないって思って、傷ついて」
「俺は……」
「勝手にそう思った俺が悪いのかも知んない。でも、中途半端な優しさは思いやりじゃない。ただ自分を良くするだけの偽善」
「俺はそんなつもりは!!」
「そう思って信じていても!!人はどうにだって解釈すんだよ!!」

また涙が溢れてくる、辺りは寒いのに、体が熱い。

だけど、心は寒くて痛いよ。

それでも、

「それでもね。俺はアンタの優しさは本物だって信じたい」
「アキラ……」
「だってあの時言ってくれたでしょ?俺を助けたかったって。自分のもてる力で、できる限りのことをしたかったって」

俺は今どんな顔をしているんだろう。

「お前、」

自分では笑ってると思う。

「それはアンタの素直な本心で」

でも涙できっとヒドイ顔をしてると思う。

「精一杯の優しさだって信じたい」

それでも俺は、俺の気持ちが伝わって欲しかった。

「俺だってこんなこと言えた義理ないよ。東京でようとしたのだって所詮逃げには変わらないし」
「……」
「それでも、俺は俺の心を綺麗なままにしたかった。本心を聞かされて、汚い心でアンタを恨んでしまうんじゃないかと思って、怖かった」

言わない方がいい事だってあるかもしれない。

それでも、言わなきゃいけないことが、時としてあるんだって。

「お兄さん……」
「……?」
「貴方の隣はホントに、居心地良かったです。それは……、」



俺が、貴方を好きだから。


お兄さんはまだ驚いた顔のままで、息するのすら忘れてるんじゃないかと思うくらい体がピクリとも動かない。

「好きだから、貴方のくれる優しさが嬉しかった」

どう思われるのかとか、そういう不安がないといえば嘘になる。

「好きだから、失ったものの大きさに傷ついた」

それでも、俺は、それ以上に知って欲しかった。

「それでも俺は、貴方の優しさを信じたかった」

俺は、この人を信じているという想いを。

俺はゆっくりお兄さんに近づくと、そっと手を伸ばし、お兄さんの高い位置にある頬に触れた。

はっと我に返ったのか、体がビクリと振るえ、目を大きく見開いた。

「俺はあの時、自分の言葉だけ押し付けて逃げたけど、今は大丈夫だから」
「……」
「お願い、聞かせて。
どんな答えでも、お兄さんの本心なら平気だから」

お兄さんが頑なになって、顔を横に何度か振る。

俺はそれがなんだか可笑しくて少し笑ってしまったけど、

「大丈夫だから。周りがどうとかは、これから考えればいいじゃん」
「でも、俺は……」

今にも泣き出しそうな顔にいい大人がとも思ったけど、

「偽った優しさの方が俺は辛いよ」

それはきっとこの人らしい、優しさゆえの葛藤なのだと思うとなんだか嬉しい。

「言葉にすることで、相手が傷つくこともあると思う。それでも、ちゃんと思いやりや、誠実の心があれば、いつかは解ってもらえる日がくると思うから」

お兄さんが顔を俯け、片手で両瞼を押さえる。

メガネは少しずれたけど、表情は大きな掌に隠されて解らない。

「でも、俺が言うことを、どんな言葉でもアキラは信じてくれる?」
「信じるよ。それがお兄さんの精一杯の想いなら。だから……」


貴方自身の言葉を、俺に下さい――。


俺はそういって、お兄さんの髪を撫でると、瞼を押さえていた手を離して、そっと俺の顔を覆った。

「今まで、振り回してごめん……俺、」





アキラが、好きだ。



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