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【BL】『喫茶店。』シリーズ
6 交渉。




俺はそう呟いて、大きく深呼吸をした。

ただ口にしただけなのに、こんなにも緊張するものなのかと自分でも驚いた。

すると、タガが外れたみたいに、俺は今までのことを話続けた。



       ◇



15年前。

蒸し暑い日の朝。

母さんが真白い封筒を俺に託した。

『お父さんが帰ってきたら、
必ず渡すのよ』

そう言って、母さんはいつも愛用していた小さなショルダーバックひとつだけ持って、家から出て行った。

幼かった俺は、どこかに買い物へ行ったのだろうと思った。

だけど、母さんは外が暗くなっても帰ってこなかった。

お腹が空いたら食べるようにと、封筒と一緒に渡されたクリームパンをかじりながら、俺は母さんの帰りを、父さんの帰りを待った。

帰ってきたのは、仕事で疲れた父さんだった。

寂しくテレビを見続けていた俺は、汗だくの父さんに一目散に駆け寄り抱きついた。

わけが解らず動揺する父さんに『お母さんは?』と、尋ねられて、俺は朝方託された封筒を思い出して、テーブルから取ってきた。


父さんは俺から封筒を受け取ると、糊付けされていない封口を開けて、折りたたまれた白い紙を取り出した。

それを広げ、文字を追っていく父さんの顔。

読み進めるたびに、ただ事じゃないんだと、幼いながらもその険しい表情で感じ取れた。

俺はそんな父さんに『お母さんなんて?』と、尋ねたけど、

『お父さん?』

父さんは力なくしゃがみ込んで、首を傾げる俺に抱きついて震えるように泣いた。





「俺は母さんがいなくなったなんて信じられなかった。
だってその前日まで、『もうすぐ誕生日だね』って笑って話していたんだ」

声が震える。

まともに喋れなくて、だけど、自分に言い聞かせるために俺は口を開く。

「父さんは、母さんの捜索願は出さなかった」

きっと理由があったんだろうけど、その時の俺にそんな考え及ぶはずなくて。

それから父さんは母さんの事を口にしないようになった。

「いなくなって当初は俺はしつこく聞いていたけど、1回物凄く怒られて、」

それ以来、俺も口にしなくなった。

そして、父さんを恨むようになった。

父さんが母さんを追い詰めて、追い出したんだと。

母さんが父さんの悪口を言うことはなかったけど、子供な自分は、何も知らない自分は、そうとしか思えなかった。


それから俺は、誰にでも一線引くようになった。

表向き、愛想よくしていたけど、仲良くなって、またその内母さんのように離れていくのかもと、自分では気づかないうちに不安になっていた。

だから、しつこく絡んでくるような奴からは自分から遠のいていた。

自分で壁を作って、ガチガチにガードして、その中で俺は、

「ずっと膝抱えて泣いてたんだ」

俺は俯き頭を抱えた。

すすり泣いて、堪らず、マスターに寄りかかった。

マスターは何も言わずに、抱きとめて支えてくれた。

優しく頭を撫でて、その時、

「……」

俺は、ある事を思い出した。

「もういい。アキラ、それで十分……」
「待って!!」

俺は話を切ろうとしたお兄さんをぱっと顔を上げて見た。

もしかしたら、あの時、


「あの日。父さんが殺された日。俺、大学入試の日だった。」
「アキラ?」
「父さん。俺が出かける朝。玄関先で言ったんだ」


『ずっと、我慢させてゴメンな』


「だから『ちゃんとケジメつけて来るから』って!!」

俺が叫ぶといきなり、

「しっ、知らない!!」

なぜかマネージャー声を張り上げた。

「父さん、母さんを意地でも連れ戻そうと思って、そんな事言ったのかな」
「お、俺は!!」
「俺が、ずっと母さんの事引きずってたから。だから……父さん」

殺されたの?


俺は大きく目を見開いたまま、

「み、見るなっ!!?」

うろたえるマネージャーを見た。

俺はマスターから離れると、

「お、おい!」

ゆっくり立ち上がって、フラフラと前に向かって歩いた。

お兄さんも、グラサンも通り越して、

「な、何だっ!!?」

喚くだけのマネージャーの前にしゃがみ込んだ。

シマノさんはただ黙って、俺を見下ろしている。

俺は虚ろな目で、マネージャーを見つめて口を開いた。

「アンタが、父さん殺したの?」
「し、しらねぇ!!」
「ねぇ、アンタ母さんの何知ってんの?アンタ俺犯しながら言ったよな?『変態。お前も所詮あの女と一緒なんだよ』って」
「何……?」

お兄さんの呟きに、背中で張り詰めた空気を感じる。

「し、知らないっ!!俺は、何も言ってない!!」

後ずさりするマネージャーに、俺はじりじりとにじり寄る。

「『昔俺が無理やり囲った女にそっくりだぜお前』って俺の中グチャグチャに、掻き回しながら言ったよね?」
「黙れっ!!黙れ!!!」

なんて間抜けな、最低な男だろう。

こんな男に、

「その人のお腹にアンタの子供が出来たらその人自殺したって」

母さんは、

「そう言ったよね?そうだろ?テメェが母さん犯して殺したんだろぉっ!!?」
「アキラ!?」

マネージャーの襟首掴んで怒鳴る俺を、お兄さんとシマノさんが慌てて引き離そうとする。

「それでずっと母さん探し回ってる父さんが目障りで殺したのか?父さん時間かけて弄り殺されたって刑事サンから聞いてんだよ!!」


ケツん中血だらけに裂けるぐらい犯されながらなって!!!


その俺の言葉に、

「そんな内容……、調書には、なかった」

お兄さんの俺を抑える腕の力が緩んだ。

「担当した刑事さんにしつこく聞いたんだ。始めは濁してたけど、最後は内容ぼかして教えてくれた。あまりの事だから、俺頭下げて、調書には書かないようにしてもらったんだ」

そんなこと、いけないことだって知ってる。

けど、あの時の俺は……、

「だってそうだろ?無残な殺されかたして……、死んでもそうやって晒されるのなんて」


黙って見過ごすことできるかよっ!!!


「がはっ!!?」

俺はマネージャーの襟首掴んで揺さ振り、後ろの壁に頭を打ち付ける。

「テメェがやったのか!!?アンタなんで母さん連れてったんだよ!!」
「は、放せっ……!!?」
「アンタ一体ナニ者なんだよ!!アンタ……っ!!!」

「義弟だ」
「な、……は?」

揺さ振っていた手を止めて、

「ギ、テイ……?」

俺はゆっくり、お兄さんを振り返った。

「その男の名前はハシダ ケンジ。君のお母さんの妹の、夫であり。アキラ……」



君の叔父だ。



「ウソ……」

俺は耳を疑った。

「コイツが、母さんの義弟(オトウト)?俺の、叔父さん?」

俺は驚きのあまり、それ以上言葉が出なかった。

「え?コイツエツコの甥っ子なの?」
「……そうです」

グラサンの場違いな口調に、シマノさんが静かに呟く。

「エツコって……」

俺が尋ねると、グラサンが「ん〜」と言って考え込んでたけど、

「エツコさんはこのハシダの妻です。もっとも、この男は逃走しましたから、それを見かねて会長が今は面倒をみておられますが」
「そ、そうそう!丁度そう言おうと思ったんだよ!俺っていいやつだよなぁ〜!!」
「放任していたツケがこうなったと思いますけど?」
「そりゃオヤジの代だろ!!お前なんか意地悪だぞ最近!!」

シマノさんを扇子で指しながら、ブーブー文句を言うグラサンを見て。

俺はホントにコレ会長なのかと不思議に思ってしまう。


「シマノさん。エツコさんは、ご存じないんですよね?」

お兄さんの問いに、シマノさんがコクリと頷く。

「存じ上げておりません。もっとも、エツコさん自身"こちらの世界"に足を踏み入れる際、全ての縁を断ち切り、ひた隠しにされてました」

淡々と語るシマノさんの斜め前で、グラサンが腕組みしてうんうんと首を縦に振って頷く。

「ですからどこでこの男が……、貴方のお母様の存在を知ったのか解りませんが」

そう呟いてシマノさんは、マネージャー ハシダを見やった。

気づけばハシダは、……恐怖のあまり失禁している。

接点が親類という点だけで、縁を切ったはずの母さんとコイツがどこで知り合ったんだ?

だってそんなの、どちらかが自分で調べて、会いに行こうと思わない限り……、

「……まさか」

俺はとんでもない考えを浮かべてしまった。

俺は、それを一度目にしている。

ついさっき、人は違えど、きっと、

「おい……」
「あ、あがっ……」

ガクガク震えるハシダに構わず、俺は、とんでもないことを口にした。

「母さんが、アンタに会いにいったのか?」
「アキラ?」

俺を押さえ込んだままのお兄さんが、顔を覗きこんでくる。

俺は、体を震わせながら、

「……っ」

お兄さんの手を縋るように、甲の上から掴んだ。

「母さん。妹のエツコさん、連れ戻すために、アンタを探し出したんじゃないの?」
「あぅ、あぁっ……」
「母さんがしつこいもんだから、アンタ母さんのこと……」
「うあっ……」
「アンタ、そうやって、母さんを始め、父さんや、俺目当ての女の子たち……同じめに、」
「そ、そうだ!!!」
「!!」

いきなりハシダが叫びだすもんだから、俺たちみんなビックリして気持ちが後ずさった。


「あ、あの女!!エツコに会わせろ!エツコ返せって!しつけーから、だ、黙らすためにヤったんだよ!!」
「なっ!!」
「その後も、懲りずに、きやがって!!」


『何されようが、エツコを返してもらうまでここへきます』


「ムカつくから家族どうなってもいいんかって脅してやったさ!俺だって黙ってねぇからな!!」

目を見開き、笑いながら喚く形相に、人の姿は感じられない。
もう……、ただの畜生だ。

「したら手のひら返したように血相変えやがって、俺に縋ってきやがった!気分よかったぜありゃぁ。だからよ!あの女!俺の色にしたんだ!!アソコの具合もヨかったからよ!!」
「て、テメェ……」
「毎日毎日可愛がってやったぜ……。色んなヤツにマワされてよ、でも中出しは俺以外許さなかったけどな!!」

ついさっき、ハシダに見せられた動画を思い出す。

記憶の中の柔らかい笑顔の母さんが、あの動画の女の子たちのように……、

「したらすぐアイツ俺の子孕んで、気づいたとたん、腹にハサミぶっ刺して割腹しやがった!!」

ハシダの目が、うつろになってる。

「俺焦ったさ!!!慌てて山に捨てに行って、何事もなかったようにしたのに、今度はあの女のダンナとか言うヤツが俺の前に現れやがった!!」

その後我を忘れたハシダは、狂ったように言葉を延々と吐き出し続けた。

父さんも、母さんを返してくれと、何度も詰め寄ったらしい。

けどハシダはずっと無下にあしらい、追い返していた。

父さんも仕事上の立場や、俺がいたこともあって、そうしょっちゅう行かなかったんだろうけど、合間を見ては乗り込んだと思う。

それが、12年以上も続いた。

けどある日、父さんが殺された日。

とうとうハシダは、母さんにしたことと同じことを父さんにしたんだ。

いつもより食い下がる父さんに、俺のことを持ち出して、脅し、その場で父さんを殺した。

『お前の息子も同じように犯してやる』

そう罵声を浴びせながら複数で父さんを嬲り続けて殺したと。

ただ、俺をスカウトしたのは偶然だった。

ハシダはこの時になるまで、

「知らなかった……知ってたら、始めからっ」

俺が長い間悩ませ続けた夫婦の息子とは、全く気づかなかったと言った。

「ど、どこまで……、俺に付きまとってくるんだ」
「……」
「お、俺は悪くねぇ!!エツコは自分からこの世界に入ったんだ!!な、なんでそれで!!俺がこんなめに!!」
「アンタ……俺の両親無残に殺しといて、なんともおもわねぇのかよ……」

俯き、震える俺の言葉に、ハシダは鼻で笑って言ってのけた。

「お前のバカ親がヘタに首突っ込むから悪ぃんだろ!!だがよ!!最後はバカ親共々腰振って悦んでたぜ!!」
「!!?」

俺の中で、リアルにブチッっと切れる音がした。

俺が拳を握り締めて、ハシダに向かって殴りかかった。

けど、

「がはっ!!?」
「え……」


俺の視界に長い脚が飛び込んでいた。

俺はそれを辿って上を見上げると、

「お兄、さん……」

涼しい顔したお兄さんが、ハシダの胸板にケリをぶち込んでいた。

さっきの音だと、肋骨折った程度じゃないと思う。

そのままハシダは意識を失った。

し、死んでないよね?

「うぉ〜キョーレツ」

マスターがひょこっと頭出して覗き込んでくる。

「あ〜あ、マジ蹴りすんなよ」

グラサンが扇子をパタパタ扇ぎながら、めんどくさそうな声で近づいてきた。

「あとは貴方にお譲りします」

蹴りつけた方の靴を脱いで眺めながら、お兄さんが単調に言った。

そんなお兄さんにグラサンがキョトンとする。

「へ?いいの?犯人だろ?お仕事は?」
「どっちみち刑に服したところで、外に出てくるんですから」

靴が汚れた。
と、忌々しそうにハンカチで拭きながらぼやくお兄さんに、

「だったら外でたら好きにすりゃいんじゃねぇの?グラサンの兄ちゃん」

マスターが何の気負いもせずに口出しする。

アンタ、いくらいい加減でもその人会長でしょ。

町内会長なんてオチ、嫌だよ俺。

「お、さっきからアンタ誰だって思ってたけどいいこと言うね!オッサン!!」
「ぜってー気づいてなかっただろ。それに俺はオッサンじゃねぇ。お兄さんだ」

変ないい合いを始める2人。

どうでもいいよ。

俺にしてみればどっちもオッサンだよ。

するとそれを眺めていると、シマノさんがマスターと掴み合いになりそうなグラサンの後ろでポツリと言った。

「この事件の被害者は彼でしょう。だったら彼に決めて頂いた方が、」
「え……」

一斉に俺のほうを向いた。

俺は戸惑って、思わずお兄さんを見上げると、

「そうだな。君が決めなさい」

そう言って俺を見つめた。

俺のひと言で、ハシダのこの先が決まる。

どっちみち、行き着く先は同じなんだろうけど、なんだか怖くなって、

「……お兄さん」
「ん?」
「て……」
「て?」
「手、貸して」

俯いたまま言う俺に、お兄さんは俺の視界に入るところまで掌を差し出してくれた。

俺はそれを、ゆっくり両手で握り締め、

「……」

気絶したハシダを見つめて、

「俺……」

お兄さんに向き直り、俺の言葉を伝えた。




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