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【BL】『喫茶店。』シリーズ
5 接点。




俺は凄まじい光景を目にしていた。

だって……、

「ウソ……」

ずっと会いたかった背中が、

「ぎゃぁぁぁっ!!」
「ぐひぃぃぃぃっ!!!」
「品のない悲鳴だな」

下半身丸出しの男2人を何度も何度も蹴り上げ、踏みつけている。

それを見るマネージャーは、

「なんだテメェはっ!?」

俺にしがみついて震え上がりながら吠えていた。

ギロリと向けられる眼。

それだけでマネージャーは「ヒィっ!?」と、悲鳴を上げ、俺は不謹慎にも胸を高鳴らせる。

「だぁぁぁっ!!?レスキューじゃなく殺人事件じゃねぇかよ!!!」

出入り口からテンパった叫び声に俺は無性に懐かしさを感じる。

「バンちゃぁん……」
「うをっ!?アキラおまっ、
マジ喰われちまったのか!!」

バンちゃんが慌てて俺に駆け寄り
俺の下半身に自分のジャケットをかけてくれた。

すると今度は場違いな、気の抜けた声が響いた。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン」
「いや、マスターそれ年齢バレるよ」
「俺じゃねーよ。言わせてる奴に言え」

うわー。派手にやられたねぇ。
と、マスターがこっちに向かってくる。

マネージャーはビビって腰を抜かしている。

「おい。喰われたのか?」

しゃがみ込んで俺を見ながら軽く煙を吐くマスターに俺はきょとんとした。

「……未遂だけど、指突っ込まれた」
「アキラてめぇっ!?」
「へぇ〜」

俺に殴りかかろうとしたマネージャーの腕を、

「お前もう生きてけないなぁ」

片手であっさり掴み、

「コイツ喰っちまったってよ〜」

ニヤニヤしながら

「……」
「いぃっ!?」

サヤにジャケットを羽織らせてたお兄さんを振り返る。

それに気づいたのか少し間をおいて、

「カナメくん」
「お、おぅ」
「少しの間。サヤカさんを外で介抱してくれないか」
「え……」

キョトンとするバンちゃんにサヤを頼んだ。

「乙女にはちょっと刺激が強いからな」

マスターが呟いて、それで解ったのか、

「程々にしとけよ」

バンちゃんはダルそうにお兄さんたちの所に歩んで、

「いこ、サヤちゃん」
「……」
「あー……怖かったんだよな。シャツでいいから、俺の握って。ちょっと外の空気吸いにいこ」

押し黙ったまま震えるサヤに、優しく声かける。

暫くすると、

「ありがと……」
「うん。よしよし」

できるだけサヤの体に触れないようにバンちゃんは部屋から出て行った。

それを見送ったあと。

「さて……」
「!?」
「貴様には2、3聞きたいことがある」

お兄さんがゆっくり立ち上がった。

「ぐぁっ!!」

お兄さんがマネージャーの髪をひっつかんで顔を上に向かせる。

俺は展開が急過ぎてただ口を開いて見つめるしかできない。

「今から聞くことに対してお前には黙秘権を行使できる。ただし、場合によってはお前に罪状がつきまとうことになるがな」

言葉は最もらしいけど、実際黙ってたら、この場でなにかを執行しそうな程今のお兄さんは怖い……。

そんな様子を1人マスターだけが楽しそうに見つめる。

なんちゅー人だ。

お兄さんはデスクトップのディスプレイをちらりと見ると、マネージャーに向かって口を開いた。

「ここ1年程。無修正の猥褻(ワイセツ)動画がネット上で売買されている。これはお前だな?」

ディスプレイを指差すお兄さんの言葉に、言葉を詰まらせるマネージャー。

「こっちは販売ルートに顧客の大半。果てはその映像に関わった『有力者』も押さえているんだがな」
「あっ……そっ、れ」
「どうなんだ」
「ぐっ!!」

ブチッと髪が抜ける音。

薄くはないけど、この年齢には死活問題だと思う。

つかここまで冷静に見ている俺も十分アレだけど。

マネージャーは痛みのあまり顔がしかめ、恐怖のあまり言葉がでない。

お兄さんは呆れて溜息をつくとパッと手を離した。

「具体的にムリなら俺の問いに頷くか首を横に振るかで答えろ」

いいな。
との言葉にマネージャーは激しく縦に頷いた。

「で、動画の売買の主犯はお前か?」

マネージャーが首を縦に振る。

「誰かに依頼されたか?」

今度は横に振った。

「なら次は別件だ。お前、ヒムカイ アキユキという人物を知っているな?」
「え……」

俺は思わず声を漏らしたけど、みんなには聞こえなかったみたいでマネージャーが首を横に振るとまたお兄さんが口を開いた。

「今から2年半程前。そのヒムカイ氏が何者かに暴行を受け、結果死亡した。その当時『オヤジ狩り』などと称された事件が相次いでいたからな。同じ扱いをされたがどうも不審な点が多い」

スラスラ出てくる言葉に俺の心臓がバクバクと脈打つ。

息苦しささを覚え、どうしていいか解らなくてマスターを見ると、新しい煙草に火をつけるとこだった。

俺がそれを見入っていたのに気づいたのか、

「ほら」
「えっ……ん」
「軽く吸ってな」

俺の軽く開いていた口に、その火をつけたばかりの煙草をくわえさせた。

俺はそれをくわえ直そうと指を持って行くと、

「……」

指先が小刻みに震えていた。

「その頃ヒムカイ氏は仕事の合間に通う場所があったらしい。警察は聞き込みの際会社関係者に聞いてみたが誰もが首を傾げた。その場所は……」
「クラブ『Ocean』」

声が部屋に響く。

それは初めて聞く、

「俺の店だな。それ」

凛とした声。

俺は声がした方を見ると、

「きったねぇ部屋だなぁおい」

グラサンかけたストライプスーツの男が扉の所に立っていた。

線が細くて、声を聞かなきゃ女性に見間違えそうな程キレイなスタイルで、

「シマノぉ。暗ぇよここ」
「は、只今」

カチッと懐中電灯を照らしたシマノさんて人が、お兄さん並にガタいがいいものだからグラサンが余計華奢に見える。

つか、マジ誰ですか?

わけ解らなくてポカンとしていると、

「か、会長ぉぉぉっ!!!」
「うわっ!?」

マネージャーが俺を押しのけて、下半身丸出しのままグラサンに這いずり泣きついた。

俺は押しのけられた勢いで、

「おっと」
「あ……」

マスターがぐらついた俺を抱き留めてくれた。

煙草クサい衣類がマスターらしいと、思わず安心してしまう。

マネージャーをみるとグラサンの長い脚にしがみついてる。

グラサンはそれを見下ろして、鼻で笑うとお兄さんの方を見た。

「コイツは俺に引き取らせてくれないか?お前にとっても悪いようにはしないさ」

腕を組み、笑って話すグラサンに、お兄さんが眉をひそめた。

「今回ばかりはお断りします。ソイツから聞きたいことが山ほどあります。それに……」
「……?」

お兄さんはちらっと俺を見て、またグラサンに向き直ると、

「彼には、聞く権利があります」

そう言って立ち上がり、グラサンに近づいた。

それにマネージャーがピクリと体を震わせ、余計体を縮こまらせた。

グラサンは目の前まできたお兄さんを見上げると、笑って胸板を軽く叩いた。

「相変わらずかてぇなぁ。かてぇのはアソコだけでいいんだよ」
「会長」
「あ、お前もかてぇよなシマノ。顔に似合わずスケベだしグロいもん持ってるよな」
「……」

高らかに笑うグラサンに、お兄さんとシマノさんが黙りこくってしまった。

見た目に反して下品すぎる……。

ん?相変わらずって……お兄さん、グラサンと知り合い?

でも……会長って。

「俺と上司はある未解決事件を追っています。俺は2年半のを、上司が14年半前の事件を個人的に。すると今になってあるひとつの事実に結びつきました」
「それは犯人か?」

そう言ってグラサンが下を見やると、

「あっ、かはっ!?」

マネージャーがガタガタ震えて、いつの間にかうずくまっている。

「犯人……それも含めて、俺のも上司のも、」

2人の人物に、繋がりました。

「事件といっても、上司の追っている事件は14年半前に身元不明の遺体が山中から見つかったもので、いまだに遺体が誰なのか……、解らずじまいで」
「ふーん」

グラサンの生返事に、お兄さんは構わず続ける。

「捜索願の出されている所からしらみつぶしに照合したのですが、似たような人物はいても、決定打がありませんでした」
「それで。それと、コイツと何の関係が?」

そう言って指差す先は、

「っ!?」

やっぱりマネージャー。

つかさっきからシマノさん、ピクリとも動いてねぇ。

こっわー……。

「俺が追っている事件で、この男が浮上したんです。この男。1年前までクラブ『Ocean』の店長だったんでしょ?」
「まぁな。コイツ、売上金持ち逃げしやがったんだよね」

そーだよなぁシマノぉ。
と、グラサンに尋ねられ、シマノさんはただ「はい」とだけ呟いた。

マネージャーはその言葉に咄嗟にグラサンの脚から離れ、後ずさりをした。

それをすかさず、

「ひっ!」
「……」

シマノさんが追い込む。

む、無駄のない動きで……。

お兄さんもグラサンもそれを横目で見ながら話を続ける。

「俺が追っている事件の被害者。ヒムカイ氏は頻繁にこの男の店に通っていました。もちろん、客としてではなく」

そう言ってお兄さんは俺を見た。

なにもかも、この人は知っているのかな。

俺が、物凄く、

「……」

動揺していることも。

「ヒムカイ氏はある人を探していたそうです。それは当時働いていたホステスの大半が証言しています」
「で?その人は見つかった?」
「いいえ。ヒムカイ氏は一度もその探し人に会うことはありませんでした。」


12年半も。


その言葉に俺の心臓が破裂しそうなぐらい脈打った。

それはちょうど母さんが蒸発した、15年前のこと。

あの時、俺が、父さんに『あるワガママ』を言った。


『お母さんに誕生日のプレゼントあげるんだ!』と。





『アキラ……お母さんにはもう会え、』
『イヤだ!絶対あげるんだ!一緒にケーキ食べるって約束したんだ!』

不器用に結んだピンクのリボンをつけた小さな箱を手に、地団駄(ジダンダ)を踏む幼子。

それを必死でなだめる男性。

『アキラ……』
『お母さんがいなくなったなんてウソだ!ウソつくお父さんなんかワルい人だ!』
『……っ』

幼子のストレートな言葉に男性は言葉を詰まらせ、

『早くお母さんのトコロつれてってよ!』
『……』

黙って俯いていた。

けど、

『おとーさんっ!!』
『いい加減にしろっ!!』
『っ!!?』

男性が目を見開き幼子に向かって怒鳴った。

幼子はわけが解らずただ呆然と見上げるだけで、

『あの女のことなんか……忘れろ』
『お父さ、』
『もう二度とあの女のことは口にするなっ!!!』

その意味は解らなくとも、

『う、うわぁぁぁんっ!!?』

男性が母親の悪口を言ってるのだとは解り、泣き出してしまった。





あれが最初で最後の父さんの激昂。

インパクト強すぎて、残りすぎて、父さんはそんな人なのだと記憶を勝手に植えつけてしまっていた。

まさか……、あの時から父さんは、14年半前のって、

「ヒムカイ氏は今から丁度15年前に失踪した、自分の妻を捜していました」

喉がカラカラだ。

口の中も、引きつるような感覚に痛みを覚える。

ウソ、だよね?

そんなこと……、だって、それじゃ、


「どこで知ったのかは不明ですが、ヒムカイ氏は妻がそのクラブにいる事を知りました。だがそんな彼をまともにうて合わなかった」

その男が……。
と、お兄さんの言葉にマネージャーがブンブン顔を横に振る。

「し、しらねぇ!?ヒムカイなんて奴、俺は!!」
「ヒムカイ氏がクラブに訪れるたび、お前を呼ぶよう頼んだり、お前と激しく口論しているところはクラブにいた者がみな知っている」
「な、何でそんな事!!お前まるで見たような!!」

指差し、唾を飛ばすほど喚くマネージャーに、違うところから声が返ってきた。

「私がお話しました」
「お前がぁ?」

グラサンが首を傾げて見やったのは、

「はい。どうしてもと言われましたので」

マネージャーの動きを威圧的な覇気で封じているシマノさん。

「何でお前がんなこと知ってんだよ」
「いくら会長の店とはいえ、実質的に運営していたのは私です」
「……。だな」

そんで?
と、お兄さんに向き直るとグラサンは懐から扇子を出して広げた。

確かにココはアツい。


色んな意味で、


「そして、ヒムカイ氏が殺害される3時間程前。ずっとこの時間から殺害までの間が空白のままでした。殺害の直前、現場での諍(イサカ)い等の目撃は一切ありませんでした」
「へんだねぇ〜。『オヤジ狩り』なら結構目立つだろうに」
「それでよくよく調べたところ。殺害場所も含め、殺された原因はもっと別のところにあるのではと思いました」

そう言ってお兄さんが、

「でも決定打が、彼が殺害されるだけの理由が思い当たらない。そんな時、彼に会いました」「え……」

俺を見た。

グラサンも、シマノさんも、マネージャーも。

俺はビクリと震えて体を強張らせたけど、

「もうちょい、踏ん張れ」
「マスター……」

マスターがぽんぽんと、軽く背中を叩いてくれた。

俺はその横顔を見上げ、直ぐお兄さんにまた目を向ける。

俺はここの2年半。

いや、15年。

全てから目を逸らしてきた。

幼い時分は仕方なかったにしても、年を追うごとに、受け入れるべきだった事実。

俺は全て父さんに押し付けて、父さんが死してもなお、思い出すらも全て心の奥底に押し隠してしまった。

きっと、これが最後のチャンスなのかもしれない。

俺が背を向けていた現実と、正面から向き合う。

今なら、できる気がする。

だって今の俺には、

「アキラ。今までの話を聞いて、賢い君ならある程度察しがついていると思う。2年半前に殺された。ヒムカイ アキユキは」

お兄さんは言葉を止めた。

その先は、俺が言うべき言葉だから。

俺は口に銜えていたタバコをゆっくり吸って、それを指先で離すと肺の中の煙を全て吐き出した。

「そうだよ。お兄さんが言ってるヒムカイ アキユキは」




俺の、父さんだよ。




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あきゅろす。
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