蒼穹綺譚
2
ピッ…ピッ…ピッ…
と、機械音が聞こえる。私の身体は、いつの間にかベッドに戻され、呼吸器や点滴などが…知らない機械まで付けられていた。
「目覚めましたか?リーシャ。気分の方はいかがですか?」
黒い紳士が問う。
多分、倒れた私を診察した医師が、慌てて彼に連絡をいれたのだろう。騎士団の息の掛かった医師が、主治医になっていたから。
「…大丈夫…と言いたいけど、目が少し回ってるわ。」
「あれだけ吐血したから、致し方ないでしょう。……それより……」
魔術師が言葉を切る。今一度、私の意思を確認するために。
「我が君の弟君…アベル様には、ほんとに連絡を入れなくてよいのですか?」
「言わないわ。彼は、すぐに自分のせいにしてしまうから…。」
目を閉じれば、泣きそうな彼の顔が浮かぶ。
「…そうは言われますが、彼が原因なのは変わりないですよ?」
あの時…とっさに庇ったのは私。
そう…彼は悪くない。
「…アベル様は、捜しておられましたよ?リーシャを必死に。騎士団の手で隠していなかったら、今頃は既に見付かっていたでしょうね。」
皮肉なのか、憐れみなのかわからない。無機質に近い魔術師の声。
「貴女のその身体の余命は…このまま順調に血を入れ交換し続けても、保ってあと一月が限界でしょう。早ければ、十日程でしょうね。腐敗が進みすぎている。」
朽ちて逝くのは知っている。崩れ逝くのも明白だった。
傷口は塞がらずに、変色し、壊死しているのだから。
「ありがとう。あの医師、何も教えてくれないんだもの。」
「いえ、教えないではなく、教えれないんでしょうね。笑顔のまま脅した、人形使いが原因でしょうから。…それに…良かれと思い貴女を助けた結果、貴女自身を苦しめてしまった…彼なりの配慮でしょう。痛覚を麻痺させたのも彼ですから。」
「ありがとうって伝えといてね。」
蝕まれ続けている身体の崩壊は、止まらない。止められない。
「あぁそれと…我が君から…。【殺してあげれなくてごめんね。】だそうです。伝言は伝えましたからね。私はそろそろ御暇します。おやすみなさい、リーシャ。」
魔術師は影に揺らいで消えていった。
あの伝言は、なんとも…彼らしい。
あの時、あと少しなら生きてと、そうカインが言っていたのを思い出した。
この怪我は、あの時、あの街で、アベルを庇いできたもの。
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