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厄介なことって言うのは俺の生活においては有り触れたものであって、そのレベルは様々だ。
わりと本気で煩わしいこともあれば、ああ面倒だな程度の感情で済むものもある。

その中で、人生最大の厄介ごとに巻き込まれた、だとか何とか言っていた例の三人との出会いについて俺自身はどんな風に捉えているのか…なんだけど。

俺がひったくり犯と衝突して気を失ってしまったあの日のバイト終わり。
宣言通りあの三人と一緒に近くにあったファミレスにご飯を食べに行ったんだけど、そこで過ごした時間は俺の予想に反して窮屈なものだった。

窮屈…って言うと聞こえが悪いって言うか、あの三人に対して悪い印象を受けてしまったと思われるかも知れないけど別にそうじゃない。

ただ俺自身が上手く立ち回ることが出来なかったのと、三人に対して平等に接しようと言う思いがあったせいでそれぞれに対して中途半端な対応を取ってしまったことで微妙な空気が漂うことが何度かあったって話だ。

あとはまあ、三人がまあまあな頻度でぶつかり合っていたから気持ちが疲れてしまったのも事実だったりはする。

康生はそもそも強気な気質だし、他二人に対する態度を多少なりと見ていたからそうなる恐れは初めからあった。
ただ、片瀬さんも片瀬さんで康生に対して免疫が着いたのか意外と負けていなかったし、碓氷さんはずっと冷静だったけどだからってフォローもしない感じだったから「これは三人集まったら駄目なヤツだな」って結構序盤に気付いた。

そこからどうにか取り返せるかなと思ったけど、そうは言っても俺自身が恋愛経験がないもんだから上手く立ち回れる筈もなくて。


「次からは、それぞれと二人で話したい、です」


このままじゃ収拾がつかないと思い、最終的に俺の口から出たその言葉。

言った瞬間に三人の目の色が変わったのが分かって「間違えた…?」と一瞬思ったけど、今までの流れだったらどう考えてもそうした方が良いだろうと思ったから訂正はしなかった。

だから康生から「言ったな?」と確認を取られてもその場で「うん」と頷いてしまったんだ。
俺はただ話がしたいと言っただけだったし、それ以上でもそれ以下でもないと思っていたのもある。

その場では特に今後の約束とかそう言うものは何もなくて解散ってことになったから俺も気を抜いていたって言うか、寧ろ良い方向に進み始めたなとすら思い、少し気分も良くなってすらいた。

そうやって具体的なことなんて何も考えずにその日を終え、それから五日後の金曜の夕方。
何の前触れもなく突然スマホに入った、康生からの着信。


「もしもし…?」

『うす。明日暇?』


あまりにも唐突なその投げ掛けに脳の反応が遅れて、咄嗟に「え?」と訊き返した後に言葉の意味を理解した。
理解した途端に俺の心臓が跳ねてしまったから、返事をする前に気付かれないように呼吸を整える。


「明日…まあ、予定はないけど…」

『じゃあデートしよ』

「でっ…」


そのあまりにもストレートな誘い文句ですら康生らしさしかない、と。
後で冷静になった時にはそう思えたけど、その瞬間の俺にはそんな冷静さや余裕なんてものは何もなかった。

勢い余って復唱し掛けて何とか呑み込んだ単語を何とも意地悪に『デート、だろ?』と繰り返してきた康生に対し、決して届くことのない視線を鋭く向けたまま黙っていると、スマホの向こうから微かな笑い声が聞こえてまた少し頬が熱くなってしまう。


『いいよな?明日』

「…場所は」


デートと言う表現に何かしら突っ込むべきかどうか一瞬悩んで結局受け流した俺の返答を聞いた康生が『ちゃんと返事しねえ奴だなマジで』と呆れたような口調で痛いところを突いてくる。


『それはOKって受け取っていいんだよな?』

「…場所による、って意味…」


なんて、意味があるのか分からない反論をしてしまってそのまま勢いを失うと、今度は揶揄うでもない優しい口調で『じゃあどこならいい?』と訊かれ、過熱していた気持ちが少し落ち着いたような気がした。


「どこ……難しいな」

『何が』

「だって。その腕だと、外を出歩くのは難しいだろうと思って…」

『あー。はは』


俺の言いたいことを理解してから笑った康生のその声はあからさまに上機嫌だった。

むず痒いような何とも言えない気持ちを拭えないまま「逆にどこなら無理しなくて済む?」と訊き返すと、くすくす笑いながら『そりゃあまあ、俺んちがベストだけど?』と答えられ、それには成る程確かにそうかと納得してしまう。


「でも明日って土曜日だけど、家族は?いるなら突然行ったら迷惑…じゃない?」


現状、俺達の関係はまだ友人…みたいなものだと思うから、もし康生の家族と会うことになったとしてもそう説明すれば良いだろうけど、それはまあ置いといたとしても家族の都合って言うものもあると思う。

突然お邪魔することになっても迷惑は掛からないのか。
それを確認したかった俺の耳に届いたのは、全くもって予想外の重たい溜息で。


「…何か変なこと言った?」

『いや、…まあそうだよなと思っただけ』

「え?」


意味が理解出来なくて真面目に訊き返すと、すぐさま『何でもねえ』と濁された後に『明日は俺一人』と遅れた回答が返ってきた。

一先ず俺の心配は解消された訳だけど、たった今濁されたやり取りをこのままさらっと流してしまうことも出来そうにない。


「何かあるなら…って言うか、康生自体が嫌なら別に――」

『俺んちがベストって言ったの俺なんだけど』

「…確かに」


でも、じゃあ。
本気でそう思っていそうにない空気が伝わってくるのは何故なのか。

その理由を確認する前に康生から『海斗もそれでいいんだな?』と確認を取られ、断る為の理由なんて何も持ち合わせていなかったから大人しく「まあ、うん」と返事をするとまた笑われた。

今のは理由が分かる。
返事が素直じゃないと思われたんだろう。

そんなの分かってるし自覚だってあるけど、それこそもうさらっと受け流して欲しい。

仕方がないんだよ。慣れてないんだから。


『俺んちの最寄りまで来てくれたらそこまで迎え行くわ』

「え、家で待っててくれていいよ?」

『いや、迷子になられても面倒だから行く』

「迷子って…まあ、何でもいいけど、時間は?」

『こっちはいつでもって言いたいとこだけど、出来る限り早く来てくんねえ?』


待つの苦手だから、と。

それが100%の理由なのかどうか、スマホ越しの状態では俺には判断出来そうにはなかったけど。

俺が「分かった」と答えた後の康生の声には少しの安堵と喜びが含まれているように受け取れて、またしても膨らんでしまったむず痒さはそれから電話を切った後も暫く俺の胸の中に居座り続けていた。




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