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たださ、恋する乙女が何の予告も告白もなしにいきなりお口の中に舌突っ込んできますかね。
それはもう乙女などではなく、乙女の皮を被った野獣だと思うんだ。

尊さんは野獣だ。


「ちょっと訊いときたいことがあるんですけど」

「何?」

「尊さんの野獣スイッチってどうやったらオンになっちゃう感じですか?」


これは森野さんの時に失敗した経験を踏まえて俺なりに改良した訊ね方であり、この質問に答えて貰うことで俺は尊さんに対する対策を練ることが出来る。

自ら”対策”と言うワードを口にしてしまったら逆に警戒されてしまうと学んだからな。
警戒することを警戒されたら対策の打ちようがなくなってしまうけど、この訊き方なら大丈夫だろう。

我ながら名案だと答えを聞く前に既に満足してしまっている俺とは対照的に、尊さんは驚いたような困惑したような表情で「え…」と一言だけ漏らした。


「聞き取れませんでした?滑舌悪かったかな」

「いや、聞き取れたけど。何でそんなこと訊くのかなと思って」

「まあまあ。その辺は追々答えるとして、とりあえず先に質問の解答をお願いします」


最上級のスマイルを向けながらさあどうぞと解答を促したら、尊さんの視線が探るような怪しいものに変わった。


「……もしかして対策打とうとしてる?」

「…………いいえ?」

「え、凄い間。分かりやす」

「何がでしょうか?今のは何のことを言われたのか理解するのに時間が掛かっただけですよ」

「そう。でも対策打たれる可能性があるって気付いたからその質問に答えるのは止めとくよ」

「………何故だ!」


完璧な訊ね方だと思ったのに!
これ以上ないくらい自然かつスマートに訊ねたと思って満足していたのに!

何故尊さんはそんなに愉しそうに笑っている!?


「その考えが出来ただけ詩音にしては上出来だと思うよ」

「…それ褒めてます?」

「かなり。滅茶苦茶。これ以上ないくらい」

「ほう。悪い気はしない。じゃあオプションで頭ぽんぽんもお願いしようかな」


それは高くつきます?と訊こうとしたら尊さんの表情から笑顔が消えたからとりあえず言葉を呑み込んだ。

今のは調子に乗り過ぎただろうか。
理由は分からないけど一応「あ、なんかすいません」と謝ったら突然尊さんが立ち上がった。


「俺に触られないように距離取ってたんじゃないの?」


そう言われて「あ、そうだった」と漏らすと、尊さんがしょうがないなって顔でふっと笑った。

それから「嫌じゃないなら、おいで」と言って両手を広げてみせた彼に、少し考えてから正座のままにじり寄る。
足元まで進んでピタリと止まり、そのまま見上げた俺に尊さんはもう一度両腕の長さをアピールしながら「おいで」と言った。


「…オプションは頭ぽんぽんしか頼んでません」

「それもしてあげるから」

「それ”も”?まさかの勝手にしときながら追加料金ぶん取ってくるパターンですか?」

「そんなことしないって。寧ろ頭ぽんぽんもハグも詩音から俺へのご褒美だと思ってる」

「え、なんで?俺が頼んだんだから俺へのご褒美ですよ。ハグは頼んでないけど」

「分かった分かった。いいからおいで」

「………」


何故俺の方が聞き分けの悪い子どものような扱いを受けねばならないのだろうか。
俺は頭ぽんぽんを所望しただけだと言うのに。

しょうがないなと言う顔で立ち上がり、しょうがないなと言う態度で尊さんの胸に身体を寄せるとご自慢の長い腕で俺の薄っぺらい身体が包み込まれた。
すかさず頭に乗せられた手が確実にぽんぽんではない動きで優しく撫でてくるから、それはちょっと違うってなる。

確かにこれは俺ではなく尊さんへのご褒美になっているのかも知れない。
悪い気はしないからまあ良いけど、段差があると言うのにそれでも俺より上にある顔に対してはそれなりの憎しみが湧いてしまう。

このままだと腑に落ちないから「尊さん」と呼んだら無視された。
え?無視?なんで?と思っていたら数秒後に「もう終わり…?」と寂しそうな声で訊かれて、まあちょっとだけにやけちゃったよね。


「さっき再配達の電話きてましたよね」

「…うん。指定はまだ先だけど」

「そうですか。それでももう、仕事に戻った方がいいと思うんですよね」


我ながら意地悪なことを言うなあと思いつつ、でもやっぱり優しいよなあと自分の甘さに自分で呆れた。
「そうだね」と言って拘束を解いた尊さんの腕を掴み、大きくなった目をじっと見つめる。


「っ…詩音…?」

「俺って頭おかしいじゃないですか」

「っ、は?いや、別にそんな風には…」

「今日特におかしいなーって自分でも思ってて」


尊さんの声を無視して続けると目の前の顔にちょっとだけ期待が走った。

尊さんは、森野さん以上に分かりやすい反応をしてくれる。
分かりやすいし、隠そうとしない。

だから俺も、下手に包もうとせずにそのままの状態で渡してしまうんだと思う。


「もう一回キスしてあげたら午後も頑張れますか?」


なんて、まさかそんな台詞をこの俺が口にする日がくるとはな。
誰が誰に言ってんだよって台詞だけど、尊さんがご褒美だって言うから。
与える側になれるんだと思ったら、ちょっとくらい優位に立ったような気分を味わえるかなって。

「頑張れる」と紡いだ唇に視線を向けて、自分からそっと唇を寄せる。


「………」

「…詩音」


一回だけのつもりだったのに。
尊さんがあまりにも熱っぽい目で見つめてくるから、なんだかムラっとしちゃって。


「変なとこ、触んない…?」


そう確認したら尊さんがいかにも我慢してますって顔で「触らない」と約束してくれたから、そのまま目を閉じた。

腰に回った腕と、顔に触れてくる手。
絡まってしまっている舌なんかより全然、そっちの方が尊さんの気持ちが伝わってくる。

ああこの人ほんとに俺のこと好きなんだ…って。

そこに気持ちいいが足されて、もう自分でも自分の感情がよく分からなくなった。

嬉しいのか。気持ちいいだけなのか。
気持ちいいだけで男とキス出来るのか。

嫌じゃない。でも困ってるのも確か。
その理由は?尊さんが男だから?そこに足を踏み入れるのが怖い?

それもそう。
でも多分、それだけじゃない。


「詩音」

「っ……ん、……なに…?」

「俺は本気だから」

「………」

「本気で、詩音のことが好きだから」


ちゃんと俺のことを見て欲しい。

尊さんが自ら口にした言葉が、まさにその正解になっていた。

ちゃんと尊さんのことを見ると言うことは、同時に森野のさんのこともちゃんと見なければいけないと言うことだ。
俺は既に二人を見比べてしまっているけれど、尊さんが求めるものと森野さんが求めるものが同じかどうかは分からない。
それでも、同時に二人を見なければいけない。

ちゃんと向き合ってしまったら、逃げるのも誤魔化すのも、受け流すことも出来なくなる。

正直それはちょっとキツい。
俺って結構、欲張りなんだよ。




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あきゅろす。
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