6 ぶっちゃけ言うと今までの関係を壊したくない。 尊さんも、森野さんも。 今までみたいにちょっと仲いいお兄ちゃんでいて欲しい。 俺の馬鹿に笑って付き合ってくれる二人だから慕ってたところがあるし、俺はその時間が好きだった。 それって欲張りって言うか、我がままになるのかな。 どっちでもいいけど、要はそう言うことなのよ。 だから多分、俺はどっちの気持ちにも応えられない。 応えられないけど、応えようとはしてしまうと思う。 そうすれば二人との関係がギクシャクすることはないだろうから。 両方失うのも嫌だし、どっちかだけ失うのも嫌だ。 どっちの時間も、続いて欲しい。 俺が一番ずるいね。 「正直、今日の今日なのでまだ何とも言えません。でもまあ、俺は難攻不落だと思っといてください」 「それは、うん。最初からそうだと思ってる」 「ほう。それが分かってて手を出したんですね?勇者だなあ」 「って言うより、我慢出来なくなっただけだよ」 「…へえ。なんでまたこのタイミングで?」 「それは詩音が、」 そこで言葉を止めた尊さんが苦笑を浮かべる。 「俺が?」と訊き返すと「それはまた今度」と返された。 なるほどなるほど。 尊さんの方が誤魔化すんだったら俺だって誤魔化してもいいってことだよな? じゃあ俺ももう少し、上手く立ち回れる気がする。 「とりあえずお触り禁止だけは守ってくださいね」 「お触り禁止じゃなくて詩音が嫌がること禁止に変えて貰えない?」 「そんなの言うまでもなく禁止ですよ」 「そうだけどそうじゃなくて。嫌がってないなって分かったら、触りたいから」 「駄目?」と伺ってくるこのイケメンは己のあざとさを理解しているのだろうか。 あざといイケメンなんてどうやって応戦しろってんだよ。 イケメンの段階でもう強いのに、そんなの無理だろ。 「おかあさーん尊さんが苛めてくるよー」 「すいません調子に乗りました。それだけはどうか言わないでやってください。てか誰もいないよな?」 「いやいませんよ。いたら今までの会話も筒抜けですよ。そしたらこの家から出てけって言われちゃいますよ」 「は?え、詩音が?どうして?」 「俺がマダム達のイッヌだからですかね」 「……うん。うーん。うん。成る程」 いやそれ全然分かってないヤツ。 まあこっちも説明する気ないからいいんだけど。 「卑怯なことを言うようだけど、詩音のご両親にはまだ内緒にしておいて欲しい」 「何が卑怯なのかは分かりませんけど俺だって言うつもりはないです」 冷静に考えなくてもそんな話親に出来る訳がないじゃないか。 「そう言えば俺、尊さんに交際申し込まれちゃってんだよね」とか言ったらマジでこの家追い出されるわ。 「馬場くんが変な道に進んだのはアンタが馬鹿なせいよ!」とかなんとか地獄のように理不尽な台詞を突き付けられて尻を蹴って追い出されるに違いないんだから。 あ、母親の名誉の為に言っておくけど今まで一度も母親から暴力を振るわれたことはないです。父親も。 昨今とりわけ問題視されている言葉の暴力の方は日常的に振るわれてしまっているかも知れないけど、そっちはノーダメージだから問題ない。 暴力と言うよりは事実をちょっと辛辣な言い方で伝えられているだけだと俺自身は認識している。 俺のメンタルは鋼なんだ。 「でももし詩音が俺のこと好きになってくれて付き合えたら、その時はちゃんとご挨拶させて貰うつもりだから」 「え?…いやいやいや無理無理無理早い早い早い」 「いや、ちゃんとタイミングは計るし当然詩音の了承を得てからにするよ」 「そうじゃなくて、その未来を想定するのが早いって言ってるんですよ」 「ああ、違う」 そのくらいの覚悟はあると言いたかっただけだと言われ、非常に口惜しいことに何も言い返すことが出来なかった。 だからとりあえず「ああそうですか」とだけ返して、足元にあった小綺麗な箱を腕に抱えた。 「じゃあ俺はこれから至福の時を味わいますので」と言うと、尊さんはふっと笑って「じゃあ俺の至福の時はここで終わりだわ」とか言ってきたからはい俺の負けってなりました。 口惜しい…! 「また来るな」 「だからそれはうちの母親次第なんですって」 「そればかりじゃないだろ。詩音に呼ばれたら俺はいつでもここに来るよ」 「………」 今のはちょっと意味を理解するのに時間が掛かったけれど、連絡先を交換したからってことか。 正直に「呼びません」と答えたら尊さんは爽やかな笑顔を見せながら「待ってる」と言って俺の頭をぽんぽんと撫でた。 俺が所望したご褒美を忘れていなかったことは褒めてあげてもいいとは思うけど、それを最後にもってくるのはずるいから二点減点で。 あと笑顔が爽やか過ぎるしイケメン過ぎるから三点減点で。 「じゃあまたな」と言って惜しみなく笑顔を振り撒いてくる彼に俺は会釈だけして、玄関のドアが閉められたのを見届けてからリビングへと移動した。 ソファの上にごろんと寝っ転がり、テーブルの上に置いた箱をぼんやりと眺める。 尊さんにはこれから至福の時を味わうって言ったけど、それはもうちょい先になりそうだ。 なんかもう、色々と思い出しちゃいそうだから。 てか俺よく寝起きでトゥンカロンなんて食えたよね。 朝一で血糖値爆上がりじゃん。昼だけど。 しかもまだパジャマだしさ? 歯磨きすらしてなかっ…… 「うあああああ」 次からはキスされそうになっても歯磨きしてないから無理ですって断ろ。 と言うか歯磨きしてても無理ですって断ってやる。 さっきはさも当然のようにちゅっちゅちゅっちゅしちゃってたけどやっぱ俺頭おかしかったって。 ねえ?そうだよねえ? それか尊さんがトゥンカロンの中に何か変な薬でも仕込んでたか。 ああもう絶対そう。それで間違いないわ。 だってあの人が選んだ奴食べたもん。 俺がピンクちゃんを選んだ訳じゃないもん。 おのれ…馬場尊め… いや、違うな。これは森野も同罪だ。 あの人が俺のファーストキスを奪ったせいで俺のキスに対するハードルが下がってしまったんだ。 ああもう絶対そう。それで間違いないわ。 だから俺がイケメン2とキスをしたのはあのイケメン1のせいだ。 「くそう…俺の純粋ハートを悩ませおって…けしからん奴らめ…っ」 とりあえず今晩母親に今後は荷物の配達指定を夕方以降にしてって言ってみようと思う。 寝起きじゃなければもっとマシな対応が出来るだろうと踏んで。 その後はなんかもうむしゃくしゃしたから結局トゥンカロンを一つむしゃむしゃすることにした。 予想通り色々と思い出して苦い思いはしたけど、それでもやっぱり砂糖は甘いんだと言うことを思い知ったよね。 糖の依存って怖いねって話。 [*前へ] [戻る] |