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帝白物語 第1章
discharge

…無理矢理車に乗せられて病院に向かってくれてるのはいいんだけどね。


景吾くん、その樺地くんはいつもそんなに喋らないの?


「…さっきから何だよ」

「ねぇ樺地くんっていつもあんなに喋らないの?」


まぁ一応小声で景吾に耳打ちする。


「樺地はそれでいいんだよ。……樺地の名前、お前に教えたか?」



…!!
またやっちゃったよ。

あんまバレたくないのに何自分で墓穴掘ってんだろ。

しかも景吾相手に。


「氷帝だよ?知らない訳ないじゃん」

「…そうか。ならいい」


何かダメな事でもあるの?


景吾ってそういう所全然わかんない。


何か全部見抜かされてそうで嫌なんだよね。


「そういえば5位おめでとう」


氷帝は5位決定戦で勝ち上がってきたからね。

関東大会の出場が決定した。

「不動峰にやられるとはな」

「油断でもしたんでしょ。無名校だから」

「5位に残ったんだからもう問題はない。なぁ樺地」

すると樺地くんが「ウス」と返事をした。


どうやらこの「なぁ樺地」と「ウス」は定番なやり取りらしい。

随分えらそうな景吾が多少気にいらないんだけどね。

「樺地くん景吾のこと宜しくね」

「ウス」

樺地くんて…なんていい子なの!そして健気過ぎる!


「余計なことを…」

「樺地くんみたいないい子なら頼めるし」


外の景色は知らぬ間に病院の入口へと変わっていた。


「着きましたよ」

運転手さんにそう声を掛けられたので私は扉を開けて車から降りて一言。


「早く一緒にご飯食べようね」


バン、と扉をしめた。


外に出てみて更に思い知らされる、凄すぎる高級車に乗っていたことを。



車は静かに走り始めて、この場から去ったのだった。







病院に戻って帰ってきた事を知らせにいく。


「先生、帰ってきたよ」

「おかえり。どうだった久しぶりの外出は?」

「もう最高でした。」

「そうか、良かったね」


人事のように話す先生だけどそれでこそ先生みたいなものだ。

「君はもうすぐ退院出来そうだ。体に異常は見つからないし至って健康的だ」


「そうですか…」


嬉しい、なのに心配なのはあの人の事。私がいなくなったら話相手がいなくなる、としたら今まで以上に寂しくなるのではないか。


「嬉しくないのかい?」


私はその質問には答えずに「失礼します」と言って部屋を出た。


その後は当然自分に与えられた病室に戻る。ハズだったんだけど隣の精市の部屋へと足を運んだ。



「精市…」

部屋に足を踏み入れた瞬間、完璧にいつもの空気じゃないことが読み取れた。


「どうだった試合は?太陽」


いつもの様に笑っているみたいだけど…なんかぎこちない。


「精市こそ…どうしたの?」


シーツの中に座っている精市が凄く小さく見えてしまう。


何でなのだろう。


「俺は何にもないよ」


嘘つき。

目が違う。

見てるこっちが辛くなるほど。

「私何も出来ないかもしれない、でも嘘はつかないで」


「…太陽。」


私は精市の近くに立つ。

すると精市は私に手を伸ばした瞬間強く苦しい位に抱きしめられた。


「俺の病気…テニス出来なくなるかもしれないんだよ」

抱きしめている手が震えていて…なんだか弱々しくて。

「俺、死ぬのが怖い」


本当に死に怯えているのが分かる。


「テニスを出来なくなるのは嫌だ。でも…死にたくない」

私はずっと精市の話を頷いて聞いているだけだった。

本当に何も出来ないっていうのはこういう事。


自分の何もできない事の無力感。

それが悔しくて悔しくて。


「太陽、今日だけ一緒に寝てくれないか…?」

本当はそんな事しない方がいいに決まってる。

私がいない時に余計に寂しさを覚えてしまうだろうから。

なのに私は…精市のこの捨てられた仔犬みたいな目に負けてしまったんだ。

「…今日だけだからね?」

どうしてこんな可愛くない言い方しか出来ないんだろう。

それでも精市が

「ありがとう」

そう言ってくれたからそれでもいいと思ってしまった。


「私は精市に生きてほしいし、テニスもしてほしい。」


精市だって本当はそうしたいに決まってる。


もしかしたら私は今一番言ってはいけない事を言ってしまったのかもしれない。


それなのに辛い一言なハズなのに…ごめんね。


「ありがとう」


だなんて言わせたてしまって。



私の馬鹿…。




私はその夜精市の布団に入ってぐっすりと眠りに落ちたのだった。




















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