よい夢を(N)




荒れた吐息を抑えれば、そっとしじまを通り過ぎる寝息。ゆっくり浮き沈みする胸の動きを見詰めたまま、しばらく動けなかった。
ハンナはぐちゃぐちゃに乱れた掛け布団を口元へ引き寄せ、大きな溜め息を吐いた。朧気ながらも強烈な恐怖を未だ残しつつ、深呼吸を繰り返し、不気味に静かで速い鼓動を鎮めていく。

こっそりベッドを抜け出し、開けっ放しの窓から外を眺める。いつもと何ら変わりのない風景に、明け方の薄明かりが乗っていて、きれいだと思った。ハンナは新鮮な空気で肺いっぱいに深呼吸し、ノルウェーを起こさぬよう静かに窓を閉めた。
しかし彼女の夫には不思議と敏感なところがあった。ハンナが振り返るとノルウェーがぐずるように唸りながら寝返り、うっすら目を開けたのだ。ハンナは呼吸すら潜めて沈黙する。彼が寝ぼけ眼で見つめるその空間に、ハンナの姿は無かった。


「ん………」


半眼のまま顔を上げ、ハンナを見つけると、ノルウェーは力の無いふにゃふにゃとした声で彼女を呼んだ。


「……ハンナ……?」

「はい」

「…………こ、」

「……うん」


再びベッドに入ると、ノルウェーは身じろいでハンナの額と左の瞼にキスをした。くすぐったくてきゅっと閉じた目を開いてみれば、彼はもう規則正しく寝息を立てていた。
頬から付かず離れずの場所に、ノルウェーの締まりのない寝顔がある。ハンナの口角は自然と上がった。何だか、今なら良い夢のオマケ付きで眠れそうな気がして。


「……ありがと、ノルウェー」


そう囁いて、ハンナはノルウェーにぴたりとくっつき、胎児のようにうずくまった。ハンナの着ているシャツ一枚を隔てた向こうから、彼の高めの体温がじんわりと伝わってくる。そして温もりのにおいにきゅんとし、裸の胸板に頬をすり寄せた。
彼に意識が無ければこちらのもので、ハンナは普段素直になれない分、ノルウェーに思い切り甘えた。


(おやすみ。)


だらりと投げ出された手を握り、結んだ手を胸に抱く。ノルウェーの手の甲に口付けて、ハンナはようやく目を閉じた。悪夢の続きなど見るはずがない。ハンナはそう強く感じた。もう、眠ることに恐れはない。










眠れぬ夜のあたたかな魔法




あきゅろす。
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