アイスの吐いた嘘




控え目に開くドアの音を聞き、デンマークはペンを置いて振り返る。そこには、この家に住むもう一人の人物・アイスランドがいた。


「おう!どうしたアイス、腹でも空いたんけ?」

「…………まだ空かない」


アイスランドは元々話すことを好まない少年だ、それはデンマークもよく分かっている。

しかし今のアイスランドはあまりにも会話のテンポが悪すぎた。返事が来るまでに数秒掛かるのだ。

痺れを切らし一体何なんだと問いただそうとしたそのとき、アイスランドが自ら口を開いた。


「………ねえ、ダン。
なんか子ども落ちてたんだけど」


今度はデンマークの返事が遅れる番だったようだ。

言いたいことを言えたアイスランドは、どこかすっきりしている。対してデンマーク。アイスランドが懸命に持ち上げている子どもを、口をパクパクさせながらまん丸い目で見ていた。


「おい、このちんちゃいのあいつに似すぎだっぺよ!」

「……だよね……」

「はぁーしかしどうすんべかー、俺ぁ今忙しいし、アイスも面倒みれねえよな?」

「うん」


デンマークは困って眉尻を下げ、アイスランドと顔を見合わせた。そうしてしばらく考えた末、アイスランドに子どもを抱かせて(デンマークは手を伸ばしただけで迎撃されるため)受話器を手に取った。


「来たな!へへ、元気してたか二人ともー!」

「……………」

「デンマークは無駄に元気してるね」

「おう、俺はいつでも元気いっぱいだぁ」


数時間後デンマークの家へやって来たのは、スウェーデンとスウェーデンの家に住む北欧の紅一点、ハンナだった。


「アイス〜。ああ可愛いアイス〜!」

「抱きつかないで。あ……熱い」


デンマークの後ろからその姿が見えると、ハンナは飛びつくようにアイスランドを抱き締めた。デンマークへの態度とは違い、ハンナは人が変わったようにアイスランドにデレデレである。

抱きつかれているアイスランドは押し退けるわけでもなく、赤い顔をしてただただ口でのみ抵抗している。デンマークはそれを、ハンナを連れてきたスウェーデンと共に微笑ましそうに見守っていた。


「ハンナ!俺とはぎゅってしてくんねの?」

「……はいはい」


そう言って寄ってきたハンナをデンマークは力強くハグした。ハンナは明らかにしぶしぶ、嫌々ながらといった感じだったが、デンマークは嬉しそうにハンナの背中をバシバシと叩いた。


「………で、俺らに会わしてえっつーのは」


ハンナを取り上げると、スウェーデンは威圧感を放ちながらデンマークを睨んだ。


「あいつだ。ほれ、あの奥さ居る」

「……あの若干威圧感放ちながらめっちゃこっち見てくるちっちゃい子?」

「んだべな」

「人見知り激しいから、ノーレ」


フィンランドなら間違いなく怯える圧力なのだが、ここにいるのは鈍感なデンマーク、無関心なアイスランド、ハンナに至っては慣れっこなので会話は滞りなく進んでいた。


「え……ノルウェー?」

「確かに、似とる」

「だべ?それが本人みてえでよお、記憶まで同じなんだよ!」

「まあ当時の、だけどね」


物凄く見てくる子ども。その正体は、ノルウェーの幼少期そっくりの……ではなく、若返りすぎた本人だった。

小さなノルウェーはスウェーデンやハンナに見つめ返されて、居心地悪そうに目を逸らした。だがそんなことは気にもせず、デンマークに呼び出された二人はああだこうだ言いながら徐々に納得していった。


「やっぱりノルウェーだよねー。で、ちっちゃいノルウェー見せたかっただけ―――なわけないよね?」

「おう。おめえら連れてけえれ!」

「はい?」

「ノルは静かだから邪魔にはなんねえんだけどよ、今のノルは子どもだっぺ?構ってやれねえと可哀想だっぺよ」


デンマークは決して育児放棄だとか、ハンナ達に押し付けようと演技しているのではない。

だからこそハンナは(いや、私らもそんなに構えるわけじゃないんだけどさ)と戸惑ったり、(ていうかノルウェーって寧ろあんまり構われるの好きじゃないんじゃ)と悩んだりしているのだ。


「分かった」

「おお!あんがとなスヴェーリエ〜!」


しかし、それはスウェーデンによって断ち切られた。


「え、スヴェーリエ?」


スウェーデンが了承することで、この話は完結した。共に暮らす存在としてハンナの考えも聞いて尊重されるべきなのだが、ハンナはスウェーデンと対等な関係ではなかったのだ。(でもハンナも嫌という意見ではなかったから、いずれにせよこうなっていたのだが。)


「ハンナは反対か」

「いや――だって、スヴェーリエ。私達にだって仕事があるわけだし、この子の扱いはここと……」


「変わらない」。そう言いかけて、ハンナは口を閉じた。何やら引っ張られているような感じがして、下を向く。


「ノルのこと、置いてけっか」


確信に満ちたスウェーデンの声。ハンナの服の脇腹あたりの布をちょいちょいと引っ張っている小さなノルウェーがいた。

幼いため頭の大きなノルウェーは、こてんと頭を倒し、まっすぐ上にあるハンナの顔を見つめている。俯いたハンナは、ノルウェーとバッチリ目が合ってしまった。


「う………」


透き通るように白く、すべすべで柔らかそうな頬。無意識に少し開いた口。いつもは苦手に感じてしまう深い群青の瞳も、今はハンナの温もりを求めている寂しげなものに見えた。


「帰っぞ」

「………はい」


ハンナは自らの母性愛に抗えない。自身の親切心からでもあるが、スウェーデンはハンナのそういうところを知っていた。

小さなノルウェーを連れて帰るスウェーデンとハンナの後ろ姿を、デンマークもアイスランドも優しい眼差しで見守った。そして、ほっと胸を撫で下ろした。


「………今だから言うけどさ。ノーレ、記憶全部ある」

「あ?おめえさっき、」

「うそ。ハンナにはああでも言っとかなきゃ」

「つうかスヴェーリエとハンナはいよいよ夫婦みてえになってきたなぁ」

「それ絶対ノーレの前で言ったらダメだよ、ダン」












THE 夢オチ




「………って夢見てた。夜中に起こしてごめんねノルウェー」

「それはええけど。その夢でなしてフィンの名前が寝言さ出てくる?」




あきゅろす。
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