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この上なく姿美しい人【ほのぼの夢】







特別美しいというわけではない。
でも、優しい人に見えた。

温かい、春の日溜まりのような人だと思った。

自分もこんな人になれたら良いのにと思ったのはまだ幼い子供の頃だった










「グレン君、何してんのさ」
「いや…貴方こそ何をしておいでで」

此処は確かに自分の研究室で
螺旋階段の下では部下達が忙しなく研究をしている音が聞こえる

が、自分の眼前に置かれているソファーにはクザン大将が腰を据え、茶を啜っているではないか。

長い足を持て余したようにだらりと座ったクザン大将は此方を真っ直ぐと見つめていた

あちらが気配を消していたのか、こちらが執務に集中していたのかは分からないが
一瞬書類の束を落としそうになった

「い…いつから?」
「ん〜随分前から…一時間位?」

「何でいるんですか」
「会いたくなって」

惚れた弱味というやつだろうか、仕事をサボるなと言いたかったが
それよりも気恥ずかしいの力のほうが遥かに強かった

「あらら〜…グレン君、顔真っ赤だよ」

ニヤニヤと笑うこんな男にすら胸がときめいてしまう自分が馬鹿みたいだ

「…っ。そ、そんなことより!誰が此処に入れたんですか」
「あぁ、下にいた美人の姉ちゃんが入れてくれたけど。ほら前にキス見られた看護婦の姉ちゃんが」

忘れかけてた羞恥が戻ってきた。

更に顔に熱が戻ってくるのを感じ、それを隠すように書類の束をドスンと机に置いて
手摺越しに下の階で働く黒髪の看護婦に向かって叫んだ。


「ーっ!…スー!!クザン大将は此処に入れるなって言っただろ!」

「あら、グレン先生。何を珍しく大声を出してると思えば」
「私達は『入れて』ませんよ?クザン大将が『入って』来たんです」

褐色の肌をした異文化の匂い漂う看護婦、スーはそう言ってにやにやと笑いながら書類整理の手を動かした

「グレン先生ご機嫌斜めだな」
「あらそんな先生も新鮮で可愛いじゃないの」
「良いねぇ若さって」
「俺なんか彼女に振られたばっかだってのに」
「女が相手にしてくれないならあたしがもらったげる」
「いやオカマはオカマと恋愛してくれ」

「お前らちょっと黙れ!!」
口々に好き勝手騒ぐ部下達にそう叫ぶとグレンは一階にいる部下達を去り際きっと睨み付けて、クザンの座るソファーの前に仁王立ちした

紅い目が眼鏡越しに睨み付けている様を見てクザンはいつもの表情

「まぁまぁそう怒りなさんて」
「いや怒りますよ。貴方が仕事しないんですから」

「俺のモットーはだらけきった正義だから」
「そんなんじゃ下に示しがつきませんよ!あほですか!もっと自覚なさってください」

茶を啜るな!とクザンの持っていた湯飲みを奪い
自分の席に戻った

「ご自分の執務にお戻り下さい。部下の方々が困ってる筈です」
「えー…じゃあ仕事こっちに持っ「駄目です。お戻り下さい」

そんなやり取りを何度か繰り返し、やっとこさ帰らしたグレンは窶れていた

「つ、疲れた…」
「先生お疲れ様でした」

「そうだな、誰かさんのお節介でクタクタだよ全く…!」
「言ってる割りには嬉しそうじゃないですか」

スーがクスクス笑いながら書類を纏めている姿を横目に他の部下達も笑っていた

自分がピエロになった気分だ

「あほか!さっさと仕事しろ仕事!次の学会までに論文仕上げないと」
「はいはい」
「分かってますって先生」

が、部下に恵まれていたのは良かった。
見かけによらず皆、優秀で理解もある。
たまにあるお節介はまぁ…あれだが、仕事が早くて助かる

「じゃ、引き続き作業よろしく。」
「先生、後でお茶持っていきますねー。」

「あぁ…頼む。」

白衣のポケットに両手を突っ込んで螺旋階段を上がっていくグレンを部下達は微笑ましげに見ていた。

二階に戻り
執務デスクの前に座って、引き出しを開けた。

よく整理された引き出しの中には封筒が数枚束ねられている

それを取り、紐をほどき差出人を見ていく

『家に帰るのは2日後だし、急ぎの手紙あったら返事書かなきゃいけないしな…めんどくせ』

グレンは結婚式の招待状やら祝賀パーティーの封筒を端に寄せた。

いらない手紙は一応中身を見てからごみ箱に捨てる

そんな中ふと古い封筒が出てきた

少し黄ばんだ薄桃色の封筒
宛名は書いていない
封は切られていないが『グレン・ジルベルト様』と書いているから自分のものだろう。

だがいつ届いたのか
誰が渡したのか記憶にはない

「………」
開けて…良いよな?
俺宛出し

グレンはペーパーナイフで手紙の端を切り、中身を取り出す

中は封筒とは違い、明るい鮮やかな薄桃色が綺麗な便箋が二、三枚程が三つ折りにされていた

それと写真が出てきた
古い写真だ
若い女が産衣に包まれた赤子を幸せそうに抱いている。

…誰だ?
見覚えがないのだが、自分の血縁関係者かもしれない。

写真を机に置いて、便箋を開く。
綺麗な字だ
読みやすいし、女性の字だとすぐ分かる
そんな筆跡だった。

「なになに、私の…「可愛いグレンへ」!?」

耳元で幻聴が聞こえたのかと背後を振り向けばクザンが立っていたのでグレンは椅子から飛び上がる勢いで驚いた

「なっ、なんでまだいるんですか!」
「いやぁ…仕事此処でしようかと思って、書類取りに行ってたんだけどね」

君はサボるなとは言ったけど、此処で執務はするなとは言ってないでしょとクザンは意地の悪い笑みを浮かべながら、グレンの頭を撫でる

「…っ。はぁ…そこのテーブル使って下さい、ペンはそこのを適当にどうぞ。サボったら即追い出しですからね!」

グレンは溜め息混じりにそう言うと頭を撫でているクザンの手を引き剥がした。

「はいはい…で、それ何の手紙?」
クザンは引き剥がされた手をグレンの首に回し、座るグレンを後ろから抱き締めた

一瞬で顔を赤く染めるグレンを可愛いと思いながら、ぎゅっと力を強く込める

こんなんで恥ずかしいとか、進展したら死ぬんじゃないのか
などと思いながら
クザンは心が満たされていくのが分かった

「…クザン大将。」
「ん〜…」

小さな白い頭、柔らかい髪に鼻を寄せればいつものグレンの匂いがした。

ほの甘い匂い
シャンプーの匂いと体臭が入り交じった何とも落ち着く匂い。
温かい、落ち着く
なんでこんなに安心出来るんだ

「大将、変態ですか」
「グレン君、男は皆変態でしょ」

「いや私は男ですが、変態じゃないです。」
「まぁそう言いなさんな。」

「手紙の差出人は大将の予想通り女性ですが、浮気相手とか元恋人とかそんなんじゃありませんから。ご安心を」

グレンは顔に集まった熱を落ち着かせるためにずれた眼鏡を上げて、手紙を折り畳んだ。

「何もう読んだの?早すぎやしない?」
「速読術あるんで…まぁ。」

「で、誰から?」
「…母親ですよ。と言っても生みの親ですが」

あまり深くツッコまない方が良いだろうと聞き流そうとしたがやはり気になったので聞いてみた

「生みの親?」
「えぇ、父は私が生まれる前に母は私が生まれてから死んでいます。」

「成る程」
「で直ぐに故郷の島で医者をしていた知り合いの年配夫婦に養子として引き取られたんです。ジルベルトはそちらの姓です」

少し気まずくなってしまい、グレンから離れて近くのソファーに腰を下ろした

「…あぁー…その」
「別に慣れてますからご安心を。実の両親の記憶なんて殆ど無いから」

グレンはいつもと変わらぬ様子でくすりと笑ってからデスクに積んでいた書類の束に手を伸ばした

「それに義理とは言え、育ての親には良くしてもらいましたし」

「そっちは健在?」

「いえ、私が海軍に入る前位に寿命でどちらも。なので身内という身内はいないので楽と言えば楽です。」

結婚をとやかく言われる事もないのでとグレンはまたくすりと笑った。

何故だか、いつもの笑みに見えるのだが
どことなく寂しげに見えた。

「……あのさ、グレン君」
「はい?」

カリカリと書類に何やら慣れた手つきで書き込みながらグレンはクザンの声に耳を傾けた

「無理して笑わなくて良いと思う」
「…そう見えました?」

「見えた。」
「そう…ですか。」

グレンは困ったような表情で苦笑いしながらペンを机に置く。

「ほら俺に話してみな。」
「…何をですか」

「いや胸につっかえてるもんを」
真面目な顔でそれを言うものだからグレンは何も言えなくなった。

この人は、どうして唐突もなく心理を突いてくるんだろう

ついでにこの顔にどうしようもなく弱いと…

グレンは困ったように笑い、再びペンを持った。

「いや、気になってるのは何でこの手紙が今頃になって送られてきたかってことです。」

別に過去は過去
変わりはしないし、人にペラペラと話すものでもない。

「義父母以外に島じゃ友人という人もいなかったし、かといって他に身内はいないし…」
「ふぅん…それまた不思議な話だ。」
少し色褪せた写真を手に見ているグレンにクザンは少し離れたソファーから立つと、グレンに手を差し出した

グレンはクザンに写真を手渡すと書類にまた何かを書きこんだ

「これがグレン君の母ちゃんか…へぇー」
「あんまり似てないでしょう?私は父親似だったみたいですから」

「いや、ちょっと似てるよ。優しそうな所とか、纏ってる雰囲気が」
「……なんですかそれ」

「父親の写真はないの?」
「さぁ…家に義父母の遺品であるアルバムにあったかもしれませんが、分かりません」

クザンはにやりと笑った

「じゃあ、これ終わったらグレン君の家に行こうか」
「…いや私はあと2日は此処で仕事なんで」

「そんなんじゃ頭にキノコが生えるよ」
「生えません!!んなアホな話」

「あらら、上司にアホとか言っちゃっだめでしょうが。軍法会議にかけられちゃうよ」
「じゃあ私は貴方を告訴しましょうか。職権乱用にセクシャルハラスメント諸々」

「頼むそれだけはやめてまじ勘弁だって」
「じゃあ仕事しましょう。早くすれば明日は帰れますよ。」

私、仕事早いんでと今度はグレンがにやりと笑った。
次第に二人は笑いあい、ペンを取る。



“私の可愛いグレンへ”

『今、貴方は幸せですか?
私は母親失格です。
ですがいつもいつまでも貴方の幸せだけを願っています。
願う事を許して下さい。』

「ねぇ、グレン君。そろそろ敬語止めない?なんか気持ち悪いんだけど」
「職場では無理ですよ。」

『大人になった貴方はどんな姿なのでしょうか。
どんな仕事をして、どんな生活をしているのでしょうか。
手紙を書いている最中そんな事ばかり考えてしまいます。
貴方の未来を見てあげられない事が残念で悔しくて仕方ありません』

「堅いねぇー、センゴクさんじゃあるまいし」
「貴方が柔らかすぎるんです。」

『貴方はどんな人と恋をして
どんな人を愛するのでしょうか。
貴方はあの人に似ているからきっと素敵な男性になっているのでしょうね。


「グレン君料理出来る?」
「まあそこそこは」
「グレン君の手料理食いたい」
「…材料ありませんよ」

『どんな苦しみにも立ち向かえる人になって下さい。
人を愛せる人になって下さい。
貴方は貴方の人生を』

『この愛に飢えた世界で本当に愛せる人を見つけて共に生きて下さい。』


『辛いことや悲しいことがあっても必ず、いつか幸せはやってきます。』

貴方は一人じゃない
貴方は愛され望まれ生まれてきた。

大勢の他人に疎まれ嫌われても、きっと貴方を愛してくれる人がいる。

世界はこんなに広いのだから


「料理…」
「ん?」
「た…食べたいなら手伝って下さいね!」
「っ…了解」


貴方が生きる人生が
終わるその時に
それが幸せだったと思えるものになるのなら
きっと私達の人生も幸せだったのでしょう

生まれてきてくれて

「クザン大将」
「ん?」

『ありがとう』

.
(母さん、俺は今幸せです。)

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あきゅろす。
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