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春の雪【外科医シリーズ番外/過去話一部分的な】



白い雪がどろどろに汚れた感情を
全て隠してくれればいいのにと願った。

季節外れの雪のように
美しさと儚さを秘めながら
悲しく消えていくのが自分の末路だ。




『春の雪』







指を絡め合う。
自分と同性の筈なのに、その指は別物に見えた。
感触、大きさ、温もりの全てが違う。
それが自分の手に重なり、絡めて離さない。
目を閉じれば今でもあの感触が戻ってくるのだ。

「フジ、どうしたえ?」
振り返って自分を見ている男にフジは薄く微笑む。

「なんでもございません、旦那様。」
この男の目には自分はどう写っているのだろうか、ちゃんと笑えているのか。
自慢の『女』としての演技は出来ているだろうか。

鼻から口元まで覆った薄紫色のフェイスベール越しのフジの笑みに安心したのか、男…天竜人チャルロス聖はまた前を向いた。

チャルロス聖と共にマリージョア近くにあるマリンフォードを訪れていたフジ。
マリンフォードに住む海兵たちの家族らしき島民達は地面に膝をつけ、頭を下げている。

「何故わちしたちがこんな泥臭い場所に足を運ばねばならんのえ」
「旦那様、たまにはマリージョアを離れて外界の空気を吸うのも大切かと存じます。」

赤と白の太いストライプに赤い椿が美しい着物、半襟には緑色の無地に白のフリルが多めにあしらわれて襟から覗いている。黒い帯にショートブーツを履いたフジは裾を持ちながらいつものように微笑む。

内心では早く帰りたいと思っていた。
此処はあまりに消し去りたい記憶が多すぎた。
五年前、生まれて初めての絶望を感じたのを今でも忘れない。





五年前、マリンフォードにてーーー






「お願いです!助けてください!!」
見慣れぬ白い装束を着た幼い少女、もとい少年は追手を上手く退け、此処海軍本部へやってきた。

彼こそがフジ、本名フジノスケ、13歳の少年であった。

ワノ国伝統の花嫁衣装である白無垢に身を包んだ男を感じさせぬ、未成熟な小さな身体と美少女とも形容できる美しい顔立ちでは誰も男などとは気づかない。
オマケに彼は芸人、女形である。
仕草や振る舞いが少しばかり乱れていようとそれは全く不自然ではないのも作用していた。

綿帽子から覗く端正な顔が悲痛に曇っている。そしてその小さな手がセンゴクの腰もとの裾を掴んでいた。

「父をあの男達に殺されました!仲間の半分も殺され、姐さんや妹弟分達が今人質にとられているのです!!一体なんの…っなんの権利があってこんなことが許されるのですか!」
「彼らは天竜人、世界政府を創設した創造主らの末裔。誰も逆らうことはできない。ワノクニの人間ならば知らなかったことかもしれんが…これがこの世界の法則だ。」

「権力者だから…っなにをやってもよいと仰るのですか?私は男です!同性婚など赦されないことではないのですか!?それともテンリュウビトとやらなら赦されると?こんな…こんなこと!」
「あぁ、そうだ。」

開いた口が塞がらない。
そんな不当な扱いが、そんな間違った理屈が通るというのか。

「私は…僕は結婚させられる、あの男の奥方にさせられる。」
「そうか。」

「認められるわけがない…っ赦されるわけがない!!」
「…フジノスケという少年はもういない。卑しい芸人風情の異邦人はどこにもいない…ワノクニ将軍家の血を継ぐフジという王位後継者にもひっかからない18歳の女が君だ。」

「一体、なにを……いって」
薄紫色の目を大きく見開いて、裾を掴んでいた手を離した。がくりと力なく膝が床に落ちて座り込んでしまうくらい衝撃的だった。

「全てを忘れてしまえ、全てを委ねれば幾分か楽になる。歯向かおうなんて思わないことだな」

大事なものが一つずつ、目の前でなくなっていくぞ。

目の前が真っ暗になった。
眼球を涙の膜が覆い、視界が霞む。
それはやがて雫になって頬を伝い、白粉を纏った顔に細い線をいくつも作っては落ちていく。

「今日から本名は名乗るな、今までの素性はすぐ闇に葬られるだろう。今日から『女』として生きろ。たかが芸人風情でもそのくらいの演技は凡人よりできるだろうと期待する」
「っ……む…無理です。…そんなこと、ぼくに…はできません…っぅ」

床を見つめ、嗚咽を漏らすフジにセンゴクは残酷にも無情だった。

「できなければ…お前は全てに別れを告げるハメになるだけだ。」

それは、残った仲間達の死と自身の破滅を指していた。サクや姐さんや妹弟分達、自分が…死ぬ。

「それが…あなた方の答えですか」
「上の命令だ。我々とてどうにもできないのだ。」

「ゃ…いや、嫌っ!そんなの…っそんなの可笑しい……僕たちがなにをしたって言うんですか」
「…強いて言うなら、お前が天竜人の目に止まったこと。一体なにをしたのか知らないがお前は彼らに気に入られた。それによっての恩恵は計り知れないが代償は大きいだろう」

連れて行け、センゴクは一言言うと海兵達にフジを引き渡した。

「ご結婚おめでとうございます、フジ様」

地獄に叩きつけられた心地だった。
力無く立たされ、海兵達に支えながらフジはセンゴクの背を見つめた。

『正義』
反吐がでる、そんなものを気安く語るな!
助けを求める者を助けず、正義を裏返しているのは一体誰だ

「狂ってる…こんなこと狂ってる。」
「あぁ、そうだな。」

世界は残酷だ。なんて無情なんだ。
全てが消え去っていく。手からこぼれ落ちていく。幸せや希望がすり抜けて、絶望しか残っていない。守りたい者を助けてくれる正義なんてものはない。自分が無力だから、運命に逆らうことができない。

自分のせいだ。
自分のせいで、父上が殺された。
兄さん達が殺された。皆が殺されていった。
自分のせいだ。自分の、僕のせいだ。

全てが憎い

「二度と…僕は正義を許さない。屈するものか…あんな外道に負けるもんか」
涙を拭ってフジはセンゴクの背を睨みつけた。

「黄猿、連れて行け。婚礼パレードの護衛にはお前がつけ」
「了解ですよぉ」








ーーーーーーーーーーーーーーーー

聖地マリージョアに場所を移し、マリージョアの広場には世界各国から花嫁の顔を見物しに来た来客と海軍本部の精鋭達に溢れかえらんばかりだった。
赤いカーペットが敷かれた長い簡易舞台の通路を付き添いの女達と共に現れた異国の花嫁に来客達は沸き立つ。

角隠しに隠れた小さな横顔が仄かに見える、筋の通った鼻から唇、顎にかけてのフェイスラインは実に美しい。

小柄で華奢で、白一色の装束に身を包み、角隠しの裏地、半襟、白無垢の裏地。そして形のいい唇の赤が白い肌に映えている。

光加減に白無垢に彩られた白百合と蝶の透かし模様が花嫁装束に似合っていた。

「あれが天竜人チャルロス聖の奥方様!」
「なんて美しいんだ。」
「おめでとうございます、姫様ーっ!」

ゆっくりと歩くフジは虚ろだった。
全ての歓声、否人間が憎くて仕方ない。
言葉にならない悲しみしかない
今すぐこんな重い装束脱ぎ捨てて逃げたしたい…だが、そんなことはできない。
残った仲間達を守らなければならないからだ

「笑って手を振ってやったらどうです?喜びますよ」

後ろを歩く黄猿が小さくそう言ったのをフジは聞き逃しはしなかった。

自分の左右にいる溢れかえらんばかりの観客達にフジは小さく手を振る。

『フジノスケ、観客はお前に夢中だ。お前の仕草一つ、微笑み一つで面白いくらい沸き立つ。』

そして優しい笑みを浮かべた。

『だから、悲しい時も苦しい時も笑え。そんな時だからこそ笑え。芸人は自分をいかに殺し、役を活かせるかどうかだ。』

父がよく言っていた言葉がふと頭を過った。
そう、これは自分に与えられた『役』だ。
台本の中身はこう…

フジというワノクニ将軍家の血を継ぐ後継者にもなれない末の姫様。
美しく、儚い人生を歩んでいく悲しい女
天竜人チャルロス聖の正妻として生きていく女…聖地マリージョアという籠の中で囀る雲雀のように。

フジの笑みに面白いくらい観客達が沸き立つ。

「姫様が笑って下さった!」
「姫様ーっ、こちらにも」
「なんて美しい方だ」

馬鹿みたいだ、此処は自分に与えられた舞台の上で与えられた役を演じる事が観客達に喜ばれる。ということなのだ。
それを世界の頂点に君臨する人間が望んでいる。

ならば演じきるしかない。
フジは微笑みながら隠れて唇を噛み締めた。

勝手に死ぬことは許されない
生きなければならない。
彼らに屈したフリをして生きていく。
フジという良妻を演じていくのだ。

フジは手を軽く振りながら、一歩ずつ花婿であるチャルロス聖の待つ場所まで歩いていく。

父上は言っておられた。
『お前は生きねばならない、どれだけ辛くとも苦しくとも…それらの全てに意味があるとお前が証明してみせろ。無駄死になんかしたらゆるさねぇ、血反吐吐こうがお前は芸人の道を違えるな』

名誉ある死なんていらない。
芸人なら芸人らしく与えられた役を演じきって、舞台裏でひっそり死んでいくのが筋だと父上は言っておられた。
ならそうしよう、もうなにも怖くない

震える手を握りしめて、フジは前を向いた。ちらちらと降り落ちてくる花吹雪がまるで舞台の幕開けのように見えた。

本当は怖い、震えが止まらない。
それでも逃げることは許されない。
それが生き残った…生かされた自分が唯一できることなのだから。

「不束者ですが、よろしくお願い致します。旦那様」

そこにいた者は微笑む花嫁の美しさに只々見惚れるしかなかった。
その者の腹の奥底に秘めた真実を知る由もない。

ーーーーーーーーーーーーーーー





「フジ」
いつの間にか用事である会合は終わったようでチャルロス聖の側に控えていたフジは話しかけられて意識を戻した。

「…申し訳ありません、少し考え事を」

あの日から全てが終わって、変わってしまった。
フジは遠き日の自分を思い出しながら、海軍本部の景観を眺めていた。
輝く海原が眼下に下る。

「さっさと行くえ」
「はい、旦那様。」

あの日から全てを隠し、そして天竜人チャルロス聖の正室として教育を受け、完璧な世界貴族の妻として生きてきた。

過去も本音も全てを噛み殺して、それはこれからもきっと変わることはない。
世間を騙し続け、天竜人達のご機嫌取りをする。

通り過ぎるたびに聞こえる海兵達のひそひそ話と視線を感じながら歩いている。
物珍しいのかもしれない、或いは畏怖の念を感じているのだろう。
口には出さないが

「下賤の下々民がじろじろ見おって、ここは気分が悪いえ。」
「では早く帰りましょう、旦那様から頂いた東屋の薔薇が今年も見事に咲きました故お茶に致しましょう。」

他人にどう思われていようが構わない。
惨めに捨てられ、野垂れ死にしたくないと媚びるしかできない哀れな『女』と思われていようが
嫉妬故に夫の愛人を全てマリージョアから追放し、自分は新しい男を手玉に夜な夜な遊び呆けていると思われていようが

もう、どうだっていい。
全ては闇に葬られる。
いずれ、時が来れば自分も同じように。

「さぁ、参りましょう。フジは旦那様のお側におります故」

季節外れの雪が全てを隠してくれればいい
真っ白に包み隠し、全てを思い出すことができないように。
そして瞬きの間に溶けて無くなれば良いのだ

『春に降る雪のように』
.
(それは悲しく、消えてゆく)







*あとがき*
よく分からない話になりましたが、一応番外的な扱いで過去話を書いてみました。前半の表現はフジ君がローさんとの思い出を振り返っていると思ってください。
そして、何故現在海軍本部にいたのかなんて突っ込まないでくださいね^_^;
大したことではありませんので。多分。
過去、この結婚式の後に初夜的な感じでヤられちゃってそれに拍車がかかり…みたいな悲しいフジ君も書いてみたいのですが…ローさん出てこないので迷います。
というか、このシリーズあんまりローさんでてこな(自主規制)
以上です。見たい方がいればコメントで書いてみて下さい(^o^)
火がついたら書きますので!
ではでは
椿

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